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『訪れた証・6』

『訪れた証・6』

2015/07:STORY
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 今回の話は落ち着ける時間にコーヒーを飲みながらゆっくりとご笑覧いただけたら幸甚である。
 2015年5月23日、鳥取県に県内初のスターバックス・コーヒーがオープンした。その日は土曜日で、起き抜けでテレビを点けると行列がいきなり画面に現れた。また最新モデルのモバイル機器かゲームソフトか何かを一番で買い求めたい人達の列かと思ったら、ニュース番組でスタバの開店を待つ人達の列を中継しているところだった。
 初めてスタバに入ったのは、恐らく1993年にミシガンのLindaとJ.R.の家に遊びに行った(この二人については「距離・1」をご笑覧下さい)帰りに寄ったシカゴか、翌1994年にシカゴへ遊びに行ったときだったと思う。ラテが美味しくて何度か通った。その後仕事でミネアポリスへ行ったときに空港やショッピングモールで、途中に乗り継ぎで立ち寄ったシアトルやデトロイトの空港でも利用した(当時シアトルではスタバではなかったかも)。
 1996年に日本での第1号店が銀座にオープンした当初も、今回の鳥取ほどではなかった気がするがしばらく混雑している日々が続いていた。1995年にシカゴへ一緒に旅行した際に初めてスタバでラテを飲んで気に入った母は、いつになるか分からない次のアメリカ旅行まで待つ必要がなくなり喜んでいた。それも娘時代から通い慣れた銀座に出来たのだから。
 台北、香港、シンガポールでも、英語でいう ”every corner” とはこういうことを意味するのかというくらいにその増えてく様が訪れる度に分かった。
 初めての北京は1996年に仕事で行ったときだった。そのときからしばらく年に数回北京へ行くことになったが、都度滞在したホリデイ・インの中にスタバが出来たのも間もなくだったと記憶している。客層は富裕層と見受けられた現地の人達と欧米人だった。ここのスタバに来る度に買おう買おうと思って結局買わなかったのが、大好きなエドワード・ホッパーの“ナイトホークス”をモチーフにした絵を使ったジャーだった。
 以前にも書いたが、当時仕事で海外へ行くと空港・ホテル・現地の機内食の会社の三角形の中で動いて最低限の時間で帰国することが殆どだった。そんな中でも、もうここを訪れることはないかもしれないし、何か訪れた証をと思い、集め始めたものの一つがスターバックスのタンブラーだった。地名が記されていてその街の風景が描かれているので十分に訪れた証になった。ワールドワイドのコーヒーショップに置いてあるものなので、それ以前より集めていたスノードームより確実に手に入った。複数回訪れた都市でも、その都市のものが手元にないということは、集め始めたのが1999年もしくは2000年頃だったので、かなりご無沙汰してしまっているということだ。北京のものはない。


この台北と高雄のものがタンブラーを集めるきっかけになったようです。
絵柄は今でもお気に入りです。絵柄を見ているだけで旅の記憶が甦ってきます。
時期的に「Suite Room」「リラックス・2」「リラックス・3」「Kaohsiung」の頃だと思います。



ここからは航空会社を辞めてからのものです。
これらは2002年のワールドカップの仕事をした際に仕事をした都市で手に入れたものです。大分と埼玉がないのはスタバが近くになかったか、立ち寄る時間がなかったためだったと思います。
新潟、茨城、静岡、神戸へは行きませんでした。
その時のことに関しては「On The Road・1」をご笑覧下さい。
のみくちにフタがないのが今のものと違うところではないでしょうか。



お土産でいただいたものです。左から、ハワイ、パリ、ロシア、上海、京都です。
いただいた方々それそれの訪れた証の素敵なお裾分けです。
私が贈ったものがないっ!という方がいらっしゃいましたらご容赦を・・・(笑)。



2007年に台北を訪れた際に空港でこの二つを入手しました。
「口約束・2」の後半にその再訪のことを書いています。



トラベラースノートのイベントで京都へ行った際に入手したものです。詳しくは「遠出・2」をご笑覧下さい。いま思い出しても微笑んでしまう遠出でした(笑)。


2010年にシンガポールに行ったときに入手しました。
久々・2」「再会・2」「旅先で食べたもの・2」「旅先で食べたもの・6」のときです。嬉しい再会があり、楽しい街歩きが出来た旅でした。



2010年初めてチェンマイへ行ったときに入手しました
行きタイ」「旅先で食べたもの・3」「リラックス・4」「旅先でたべたもの・7」のときです。タイのもので持っているのはこれだけです。バンコクも仕事で何度か行きましたが、それはタンブラーを意識し始める前だったいうことでしょう。



2012年に約20年振りの再訪のときに入手しました。
再会・4」「本を読んで・3」「レコードジャケットに想いを馳せて」「3,000円のベーグル」「右肘、左肘・・・再び?」「旅先で食べたもの・8」のときです。
大変思い出深い再訪でした。



 旅のストーリーを書き始めた頃、酒場ではなく落ち着いて本が読めたり、絵葉書や手紙を書けるところは近くにないかと思案した。隣町に麻生珈琲(麻生珈琲さんに関しては「いつかそこへ・3」「里帰り」に書いています)があるのを思い出して通うようになった。通うようになる何年も前に故百瀬博教さんに連れて来ていただいたカフェだった。通っているうちにオーナーの麻生さんに美味しいコーヒーを教えていただくようになった。それは今でも続いていて、ほぼ週1回コーヒー豆を買いに行くときにいろいろと試飲させていだいている。ほぼ同時期にトラベラー各位にはお馴染みのアアルトコーヒーの庄野雄治さんのコーヒー教室に何回か参加して自分でコーヒーを淹れる楽しさを知った。老舗の珈琲店のコーヒー豆を知り、自分で豆を挽きコーヒーを淹れることを覚えて習慣になってしまうとチェーンのコーヒー店からは足が遠退いて行った。旅先で訪れるスターバックスはいつしかお土産を買いに寄るだけのところになっていった。タンブラーを購入すると一杯無料で飲めるチケットを貰うが、未使用のものが多数あるはずだ。
 季節に応じたデザインのタンブラーがその時々に各店舗に並ぶ。桜の季節には桜がデザインされ ”Tokyo” と入ったものが出る。日本が好きで長いこと訪れていない欧米の友人何人かに贈ったところ大変喜ばれたことがあった。アジアの友人達に再訪の際にお世話になった御礼に、”Tokyo”と入ったものを贈ったことがあるが大変喜ばれた。少々異なった使い方だとは思うが、毎日自宅や職場でコーヒーを飲むとき、運転しながら飲むためにドライブスルーのあるスタバでコーヒーを買うときなどに、訪れた後で届いた訪れた証を使って楽しかった日本での日々を一瞬でも思い出して貰えたらこんな嬉しいことはない。
 鳥取を訪れた証としてスタバのタンブラーを求めるために開店前の長い列にいたトラベラーは何人いたのだろうと、自分で豆を挽いて淹れたコーヒーを飲みながら思った。

追記:
 「遠出・3」「Barにて・2」に書いた通り、ここ数年で二回鹿児島へ行きましたが、鹿児島のタンブラーはありません。
開店記念で限定数作っただけとのことでとっくに完売でした。
 結局北京で買えなかったジャーは後日東京で見つけましたが、もたもたしているうち入手出来ずに完売。ただし、同じデザインのマグカップを持っていました。どこで入手したかは覚えておりません(苦笑)。この大好きな絵があるのはシカゴ。初めて入ったスターバックスも恐らくシカゴ。不思議な繋がりを感じます。スターバックスのものに限らず、訪れた証として入手したマグカップもいろいろとあるので、いつか書きたいと思います。


これがそのマグカップです。
よく出来てますな。
よ〜く見ると笑えます(笑)。