

『リラックス・3』
猛暑の反動なのか、1月に入ってからの東京は朝晩とても冷える。雪が降らないだけまだましかもしれないが寒い。雪国の方々にすればたいしたことない寒さだろうが、ズボンの下にヒートテックのタイツは欠かせない毎日である。寒いと無意識に体中に力が入るのか、肩・腰・脹脛が凝る。寒いのはもともと大嫌いなので、これだけ寒いと暖かいところへ行きたくなるのがこの季節だ。ただ、暖かいところへ行く時間的・経済的余裕もない今日この頃、とても行きたくなったのは、台湾の高雄にあるマッサージだ。
台湾の高雄へ初めて訪れたのは今から約10数年前で航空会社に勤めている時だった。当時大阪からの直行便を就航させることになり、第一便が就航する何ヶ月も前から何度も機内食サービスの部分の準備のために訪れた。航空会社の中でいろいろな仕事やプロジェクトに携わってきたが、この高雄での仕事は今でもとてもいい思い出になっている。
取引先は現地の国内線の航空会社が経営している機内食会社だ。その機内食会社の副社長であるLinさんが直接対応しくれた。お互いにかなり打ち解けてきた何度目かの訪問のある日、Linさんが「どこか行きたいところはないですか?」というので、マッサージをお願いした。仕事が終わり、夕食までの時間を利用してLinさんがマッサージに連れて行ってくれた。今でもはっきりと覚えているのはLinさんが乗っていた彼の自家用車だ。当時でももう日本でさえ見かけなくなった古い紺色のマークⅡだった。Linさんは車の外も中もこれ以上出来ないという程にピカピカに手入れをして大切に乗っていた。その車に乗せてもらう度に帰ったら自分の車を洗車しようと何度思ったかわからない。
Linさんの車は高雄の街を走りぬけ、大きな建物の入り口に車を着けた。車が止まると同時にドアボーイが車のドアを開けた。車を降りるとLinさんは一言二言ドアボーイに告げると、運転席に乗り込んだドアボーイが車を駐車しに行った。アメリカではよく見かけるバレットパーキングを高雄で見るとは思わなかった。大きくて明るいロビーに入ると中央は吹き抜けになっていた。左手奥には立派なグランドピアノとバーがあった。右手の上の方には理髪店があるようで、日本でも目にするあのトリコロールのサインがあった。キョロキョロしているとLinさんに声を掛けられて後をついていった。
“「冠天下」- 理髪名店 ”と書いてあるそのお店のカードは今でも持っている。英語ではBarber Shopと書いてある。その昔、台湾で床屋と言えば日本でいうところの風俗店であるという話を聞いたのを思い出したが、そんな雰囲気はなかった。だが、奥に入って行ったら状況がガラリと変わったりして・・・なんて思いながらLinさんとともに案内役の人の後をついていった。
床屋の理髪台というのだろうか、それとも散髪台というのだろうか、あのリクライニングするイスが何台か並び、照明が薄暗くしてあり、イスの前の程よい高さにそれぞれモニターが設置されていた。モニターには何故かその当時でさえかなり昔の映像だった「ダウンタウンDX」が流れていた。音声は日本語のままであったが、台湾語の字幕が付いていた。健康ランドで着るようなリラックスした着衣を渡されて着替えた。理髪台に座るとリクライニングし、マッサージが始まった。
足全体に何枚もの蒸しタオルが掛けられ始めて、段々とリラックスしていき、ここは怪しいところではないと確信した。蒸しタオルの使用量は半端な数ではなく、タオルを掛けられながら、まだ掛けるのかというくらい使われた。これが本当に気持ち良かった。肩・首をマッサージしてくれる人と、足をマッサージしてくれる人が別々で1時間くらいやってもらった。途中心地良さからウトウトしてしまった。隣でマッサージを受けていたLinさんは爆睡していたようだった。
数ヵ月後機内食器材の管理システムに高雄のその会社をオンラインするのに、僕のストーリーでは何度も登場している、あのリチャードに来て貰った。怖がりながらも “Interesting ! ” を連発していたジェリーが台北で受けたのと同じマッサージを体験済みのリチャードをLinさんにお願いして同じこの高雄のマッサージに連れて行って貰った。蒸しタオルの使い方と一人に二人掛りで行われるマッサージに、「王様になったようだ」と喜んでいた。
マッサージが終わり一回のロビーに降りていくと、Linさんとは顔見知りらしい、いかにもやり手という感じのマネージャーらしき女性が現れた。Linさんが彼女に僕が誰なのかを説明すると挨拶をされて、ピアノバーの横のボックス席に案内してくれて飲み物を出してくれた。
しばらくすると、何品もの料理が出てきた。Linさんが「せっかくだからちょっとだけ摘んで行きましょう」と僕に耳打ちした。世間話をしながら、僕は大好きな台湾ビールをいただいた。その席ではLinさんとその女性マネージャーが主に台湾語で話をしていた。途中その女性が何歳に見えるかと聞かれたので、出来るだけ若くと思い、台湾ビールの力を借りて「28歳」と答えた。その女性は大喜びで、近くのスタッフにもう一本ビールを持ってくるように命じていた。その次にリチャードと共に訪れた時には、僕のことを遠方から来た友のように歓迎してくれた。
とてもリラックスできたのでLinさんに何度もお礼を言った。いくら旅好きで好奇心旺盛でも、現地の言葉が出来なければこういうところへは来られないだろうなと思った。仕事で来ながらも、オフの時間に現地の方々の生活の一部を体験出来た気がして嬉しかった。台湾と言えば多くの人は台北ということになるだろうが、世界有数の大都市への道を邁進している台北と違い、高雄は昔ながらの台湾らしさだろうというものがまだ残っているところではないかと思った。僕にとっては「牛肉麺とマッサージの街」といったところだ。
台北からバスのように何本も出ている国内線で約45分。バス乗り場のような高雄空港の国内線ターミナルが懐かしい。次回台北へ行ったら、一日高雄へ行ってみようと思っている。現地であのマッサージに行くチャンスがあって、女性マネージャーと再会できたら台湾ビールのために「ここはあれから時間が止まっているのですか?」と言ってみるつもりだ。