

『Suite Room』
トラベラーズノートのジッパーケースの中に失効したパスポートが3冊入っている。トラベラーズノートは旅に出る時は必ず携帯するが、普段は毎月書いているストーリーの構成や下書きに使っている。たまに失効したパスポートを眺めていると様々な事が思い出されてくる。3冊のうち1冊は増刷して失効前に出入国印を捺すスペースが無くなったもので一番のお気に入りである。3冊の出入国印を合計するとかなりの数になる。考えてみると判一つに付き数泊その国のホテルに滞在したことになるからかなりの数のホテルに滞在したことになる。一度だけ滞在時間わずか2時間で日帰りしたソウルの旅は例外だ。その話はいつか改めて書きたいと思う。
1999年の秋・・・だったと思う。以前勤めていた会社の香港支社のDorisの結婚式にご招待いただいた。Dorisは大先輩。仕事で香港を訪れた時はもちろん、私用で訪れても毎回食事に連れて行って貰った。勤め先が変わった今でも訪れる度に滞在中一度は一緒に食事をする。結婚相手の方とは婚約している頃から僕も一緒に何度か食事をさせて貰っていた。その結婚式は香港式で各国からDorisの親しい同僚たちも集まった。
もちろん僕も顔見知りの人達ばかりだった。結婚式に出席できない先輩や後輩達からお祝いを託された。香港の銀行は現金をお祝い用のチェックに変えてくれるシステムがあった。会が始まるまで招待客達が退屈しないようにマージャンやカラオケの準備まであった香港式の結婚式に出席できたのもいい経験になったが、銀行にお祝い用のチェックがあることを知ったのは異国の風習に触れられ勉強になった。
Dorisは海外からの招待客達のためにホテルを用意しておいてくれた。彼女の仕切りで尖沙咀にあるホテルにかなり安い値段で宿泊出来た。そのホテルは BP International House というホテルだった。住所は尖沙咀だが地下鉄の最寄りの駅は佐敦。周りには銀行やコンビニもあり地下鉄の駅へも近く便利なところにあった。長期滞在者やボーイスカウトなどが主な客層らしく館内にはコインランドリー、ロビーにはボーイスカウトのものが売られていたのを覚えている。立地が良くて部屋は清潔で必要最小限の物しか置いていないこのホテルは九龍に密集している有名ホテルより通常でも格安で宿泊出来る。Dorisの結婚式の後で合流した母もここに滞在した。
翌年数日の休暇を取って母と香港に来た。返還後数年たってもホテルの宿泊費は高いままだった。Dorisにお願いして BP International House を取って貰った。妙に時間が掛かったチェックインの時にフロント係が「申し訳ありませんが、4ベッドの部屋しか今日はありませんのでご了承下さい。明日ご予約いただいたお部屋に移っていただけるようにいたします。」と言われた。ベッドが4つもあるなんてSuiteRoomじゃないかと思った。
SuiteRoomなんていつ以来だろうとその場で思い出してみた。1999年に台湾の高雄で仕事をして帰国前日に台北で一泊した Howard Plaza Hotel 以来だった。たった一泊だったが向こうの都合で宛がわれた SuiteRoom は快適だった。広過ぎて一人ではとても使い切れなかったが、それでも意地汚い僕は電気を全部点けてみたりして使いこなそうとしていた。
鍵を貰って母に4つもベッドがあるからきっとSuiteだと話しながら部屋に向かった。部屋に入って唖然としてしまった。確かにベッドは4つあった。しかし、それは二段ベッドが2つだった。フロント係が「申し訳ありませんが・・・。」と言った意味がようやく飲み込めた。母と大笑いしてしまった。長期滞在者やボーイスカウト御用達のホテルにSuiteRoomなどあるはずもなく・・・というか不要だろう。その日は一段目にスーツケースを広げ、二段目で眠った。今まで滞在してきた数々の香港のホテルとの違いの大きさにショックを受けた。そのホテルに辿り着くまでに各国を巡りながら様々な宿泊施設に滞在してきた人達には例え二段ベッドが二つあって狭い部屋でも清潔なだけでそこがSuite Roomに思える人達もいるだろうと思えるようになったのはごく最近だ。
その後も随分旅をした。それ以来チェックインの時に妙に時間が掛かり、フロント係が何か言おうとすると妙にドキドキする。あのようなハプニングはその後ないが、ホテルのチェックインもいつしか旅の楽しみの一つになっていた。次の旅先でのチェックインが今から楽しみだ。