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『リラックス・2』

『リラックス・2』

2010/06:STORY
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 今から15年程前に当時勤務していた航空会社の仕事で台北に行った。プロジェクトが無事成功し、成功したその日は半日フリーになった。取引先である台北の機内食の会社で我々の担当者であったVincent(「口約束・2」で書いたJohnnyの相棒)がどこか行きたい所はないかと尋ねてきた。忙しい日々から少々開放された途端に肩や首にコリを感じたのでマッサージに行きたい旨をVincentに伝えた。Vincentはどこかへ観光か食事、もしくは買い物くらいに思っていたようで意外だという表情をした。僕が「ミスター・カスタマー・サービス」と呼ぶくらい客あしらいに長けているVincentもマッサージの心当たりが無く困っていたようなので、時間が出来たら自分一人で行こうと思っていたそのマッサージのお店の情報を彼にあげた。アメリカの本社からそのプロジェクトを手伝いに来てくれたJerryも少々ビクビクしながらも「面白そうだね」と言いながら同行することになった。
 当時僕がアジアでしていた仕事をシアトルに住んでいたJerryはアメリカの一部の地区とヨーロッパでしていた。その時の台北での仕事以前に初めて一緒に仕事をしたのは香港だった。その仕事振りは一言で表すと「強烈」であった。「猛烈」とも言えたかもしれない。その仕事でのプロフェッショナリズムを見せて教えてくれたのはJerryであった。強烈であり猛烈ではあったが、理に適っていた。ワールドワイドな業界だか狭い世界なので、Vincentはいろいろと情報を集めたのだろう、プロジェクトの最終段階を見届けにそのJerryがやってくるということでVincentは相当「ビビって」いた。Jerryが香港でその「強烈」振りを発揮した時の相手はVincentの兄弟会社の人達だったのだ。いくつかあった競合他社との競争を勝ち抜いて得た契約後第1弾の大きな仕事だったことも影響していた。その会社を選んだうちの一人である僕ももちろん緊張していたがその比ではなかったはずだ。Jerryが来る前にVincentは僕から細かくJerryの情報を得ようといろいろと尋ねてきた。例えば、好きな飲み物から食べ物まで。そこまで気を遣うことはないのにと言いつつ、飲み物はダイエット・コークを氷なしで、食べ物は箸を使って食べるもの、すなわちアジアものはダメと教えた。香港で飲茶のランチをした時に、フォークで食べていたのと、蒸篭からの匂いがあまり得意でなかった様子を覚えている。しばらくVincentは「ダイエット・コーク・ノーアイス、ノー・アジアンフード」と呪文のように唱えていた。プロジェクトは午前中の早い時間に無事終わった。早朝から働いていたため、朝食がまだだったので、用意していただけることになった。Vincentは自社のシェフに頼んで僕にチャイニーズ風の朝ご飯を用意してくれた。Jerryにはアメリカンなものを用意していたのだか、突然「チャイニーズ風って何だか美味しそうだね」とJerryが「おっしゃった」のでJerryも僕と同じものを食べた。その時のVincentの驚いた表情は忘れられない。Vincentより驚いていたのは僕のほうだったのだ。どれほど驚いたかというと、帰国してすぐにその話をJerryのことをよく知る後輩にしたほどだった。Vincentに調べて連れて行ってもらった「美樂健康中心」は台北のダウンタウンにある雑居ビルの中にあった。ホントにこんなビルの中にマッサージしてくれるところがあるのかと思わせる雰囲気だった。ドアを開けると中は清潔でクリニックのようだった。オーナーは日本人だった。僕は各地のマッサージに行っていたので、ここは大丈夫だと確信した。
 Jerryは何故台北にまで来て病院にいるのだという表情をして全く話さなくなった。案内された施術台の天井にはマッサージ師が足を使って整体を施す際に捕まるバーが付いていた。その時は足の裏を中心に施してもらった。かなり疲労が溜まっていたのか最初は結構痛くて声を上げてしまった。隣でおっかなびっくり同じマッサージを受けていたJerryがカーテン越しに僕の声を聞いて「大丈夫か?」と心細くなっているのがわかる声を掛けてきたのも束の間、Jerryの「ギャー」という声がした。
 待合室にいたVincentが「大丈夫か?」と心配してくれたが、その声に笑いを堪えている様子が伺えた。大騒ぎのうちにマッサージが終わり、コリが解れスッキリした。「Interesting ! 」を笑顔で連呼していたJerryの表情は何故かホッとしていた。マッサージが終わり、マッサージの効果を高めるためにお湯を飲むようにと紙コップに入ったお湯を貰った。お湯を飲みながらゆっくりしていると、JerryがいきなりVincentに我々が受けたマッサージと同じマッサージをここで待っているから受けて来いと言った。我々の苦痛からの叫びをカーテン越しに聞いていたVincentはしり込みした。しかし、Jerryの「フェアじゃない」というよくわからないが妙に説得力のある一言でVincentは足の裏のマッサージを受けた。我々以上に疲れが溜まっていたであろうVincentの痛がり方が半端ではなかったのはカーテン越しに聞こえてきた叫び声でわかった。僕が「Vincent今日まで本当にありがとう。お疲れ様だったね。」と思っていると、JerryがVincentの叫び声に大笑いしながら僕の肩をバシバシ叩いてウケていた。仕事にあれだけ厳しいJerryの心から笑った笑顔を初めて見た瞬間だった。これが切掛けではないだろうが、VincentとJerryはとても仲良くなった。同じく台湾の高雄でJerryが別のプロジェクトを手伝いに来てくれたときに、Vincentは週末に台北から車を5、6時間運転して高雄までJerryに会いに来たほどだ。
 ここのマッサージはとても上手で、数年後肩凝りの酷かったRichardを台北での仕事の後で連れてきたときに、Richardはあまりにも肩が楽になったので驚いていた。スケジュールを調整して翌日また来たいと言ったほどだった。
 Jerryとは一緒にアジア各所で働いたし、いろいろとお世話になった。僕が辞める数年前にJerryは会社を去った。ミネソタの本社へ行った帰りにシアトルで乗り継いだ時にJerryが空港のゲートまで会いに来てくれた。Jerryに会ったのはそれが最後だった。僕が転職してしばらく経った時にJerryが亡くなったことを聞いた。その話を聞いた時は本当に悲しくてショックだった。以前「旅の必需品」で書いたRichardには今でもお世話になっているが、Jerryにも本当にお世話になったし、影響を受けた。Jerryは本当によく働いた人だったので、天国でリラックスしてくれていたらなあと思う。Jerry、本当にありがとう。