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『Barにて・3』

『Barにて・3』

2017/04:STORY
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 私が以前勤めていた会社で(現在は名前が変わってしまったけれど)現在も客室乗務員として世界中を飛び回っていらっしゃるある先輩が、私が書いたものを最近読んで下さるようになった。そして嬉しいことにコメントもいただくようになった。過日シンガポールへのフライトでかつての私の同期とともに乗務した際には私がここにストーリーを書いていることをその同期に知らせて下さった。一緒に『パブでちょっと・・・』をご笑覧いただいたようで、その同期からのストーリーに関するコメントも取り次いでいただいた。お気遣いをいただき同期に知らせていただいたことはもちろん嬉しかったが、その同期が現在も元気に乗務をしているということが尚嬉しかった。
 先輩が同期と私のストーリーをシェアしてくださったところがシンガポールだったということなので、今回は久し振りにシンガポールに関する話を書く。これも書きたい、いつか書かなくてはと思って時間が経ってしまった話の一つである。
 私が当時約10年振りにシンガポールを再訪した話は以前『再会・2』『久々・2』『旅先で食べたもの・2』などに書いた。ラッフルズの中にある今回の話の舞台となるところを訪れたのは、切手博物館とラッフルズの博物館を見学した後だったか、その翌日コレクションしているスノードームを買いに改めてラッフルズを訪れたときだったかはこの話を書き始めた時点では定かではなかった。しかし、旅先で毎日その日の出来事を記録しておいたおかげでそれはいつだったのかはっきりした。ただ漠然と旅をするだけではなく旅先での出来事を自分なりに時系列で記録することが習慣になっていてよかったと思った。これはトラベラーズノートのお陰だといえる。
 ラッフルズを訪れた際には大体ショッピングアーケード側から中へ入るが、その日に限ってホテルの正面玄関から中に入った。大好きなホテルを真正面から眺めてみたいと思ったのかもしれない。車寄せに立っていた頭にターバンを巻いたベルボーイの姿を目にして自分がシンガポールにいることを実感したのをはっきりと記憶している。
 正面玄関を入って左手にハイティーで有名なTiffin Roomがある。そこでハイティーをした話は以前『紅茶』に書いた。改めて読み返してみていままでアフタヌーンティーとハイティーが同じものだと思っていたのが分かった。
 右手奥のほうに“あっ、こんなところに”という感じで必要最小限のスペースにカウンターだけのバーが見えた。椅子はあるがまさに“止まり木”という佇まいのバーだった。ここはいいバーかもしれない、いいバーに違いないと酒呑みの嗅覚が知らせてきた。そのときの自分の服装がジーンズだったので、Writers Barというバーの名前を記憶しておいて改めて出直すことにした。
 翌日書き終えた絵葉書を持って午前中郵便局へ行ったあとで再びラッフルズを目指した。正しくはWriters Barを目指した。昼を少々過ぎた時間でまだ陽は十分高かったが、休暇だし・・・最近旅先で昼間からアルコールを飲んだ話を書く際にはこの言い訳をよく書く気がする・・・と自分に言い聞かせてバーのストゥールに腰を下ろした。
 私はカクテルをほとんど飲まない。同じくラッフルズにあるシンガポールスリングで有名なLong Barに行ってもTigerを飲んだ。何回か訪れた中で話の種にシンガポールスリングを飲んだかもしれないが記憶にない。記憶にないのはもちろん飲み過ぎたからではない・・・念のため。
 初めてのWriters Barではジンリッキーを頼んだ。ジンリッキーとはご存知の通りジンをソーダで割ったものにスライスしたライムを落としたものである。私は1/6くらいにやや厚めに切ったライムを搾った後でその搾ったライムをグラスにそのまま落としてもらうのを好む。このカクテルはジンリッキーという名称で通じるところと通じないところが海外ではある。そのことを予め知っていたので、シンガポールではどうだろうと思って試してみた。結果は通じなかった。しかし、ジンをこうして飲みたいと伝えたので問題なく出て来た。それでは、このカクテルはここでは何と呼んでいるのかと尋ねたことがきっかけとなりバーテンダーと話が弾んだ。バーテンダー氏はジンソーダだと教えてくれた。ちなみにジンをジンジャーエールで割るジンバックはドライジンとのこと。ジンジャーエールのことをドライと呼んでいるからだそうだ。ジンソーダもドライジンも呼び方は英国式だといっていた。調べてみようと旅の記録に書いていた。  
 ジンソーダは味をしっかりと覚えているジンリッキーよりも何となく控えめで上品な味がした。超一流ホテルのバーだからそう感じたのだろうか。それともライムの量がそう感じさせたのだろうか。いや、そもそもこういうバランスなのかもしれない。現在はもうそんなことはしなくなったが、以前は夏の暑い盛りになると都内の行きつけのお店でジンリッキーをパイントグラスで作って貰い“メガリッキー”と呼んで常連達と飲んでいた。振返るとその飲み方を少々恥ずかしく思う。
 実は一人でハイティーをしてみようと思って前日に予約を取ろうとしたら既に満席だったという話をバーテンダー氏にした。そのときにTiffin Roomのスタッフらしき女性がバーに何かを取りに来た際にその話を耳にして、“1人キャンセルが出ましたけどいかがなさいますか?”と言ってくれた。以前母と訪れて楽しんだハイティーを今度は一人で楽しもうか思ったが、前日にリトル・インディアでフィッシュヘッド・カレーを食べに行きこの日も何かローカルフードを食べようと思っていたので丁寧に断った。どんなフィッシュヘッド・カレーだったかは『旅先で食べたもの・6』に書いた。
 酒呑みにとって旅先のバーでのこうしたやり取りは楽しく、そして嬉しいものなのである。こういう楽しく嬉しい気持ちになりたくて旅先でバーを訪れるというのも正直私の中にはある。楽しくて嬉しくなると結果として一食分くらいの金額を飲んでしまうのだ。この感覚はトラベラー各位の中で私のような酒呑みならばきっと分かってくださると信じたい。
 旅の記録を確かめてみたらハイティーを断って食べたローカルフードはラクサだった。そのとき食べたラクサも含めてラクサの話は『旅先で食べたもの・9』に書いていた。シンガポールに関する話をこれまで結構書いていることに驚く。


これがWriters Barのジンリッキーならぬジンソーダです。ソーダが別に供されているのは濃さを好みで調整出来るようにだと思います。


 バーではどこでも大体ちょっとつまめるものを酒のアテとして出してくれる。ここではオリーブとカシューナッツだった。どちらも丁寧なひと仕事が加えてあるのが感じられるものだった。特にオリーブの美味しさといったらなかった。思わずおかわりを頼もうかと思ったくらい美味しかった。どんな味付けだったかというと、ごはんにも合うだろうと思わせる食べようと思えば延々と食べ続けられる味付け・・・といえば伝わるだろうか。私がオリーブを絶賛するとバーテンダー氏はこのオリーブはラッフルズで育てているもので、私が感心した味付けには特別のレシピがあることを教えてくれた。これは単なるアテではなく料理だなと思った理由はそういうことだったのだと合点がいった。
 Writers Barをすっかり気に入ってしまった。バーの大きさ、バーテンダーとの会話、サービス、そしてオリーブ。シンガポールに来たら必ず訪れたいところ、シンガポールに来ているなと感じられるところが一つ増えた・・・と嬉しくなりもう一杯飲んでしまった・・・と思う。


これがそのオリーブとカシューナッツです。この写真を見たらあの美味しかったオリーブの味が甦ってきてすぐに再訪したくなりました。
カシューナッツはカレー味が少々付いていたような記憶があります。ビールも・・・とも思いましたが控えました(苦笑)。



 旅先のホテルのバーでアテとして出てきたもので美味しかったといまでも記憶していてたまに思い出すものは、香港のPark Lane 1階にあるバーのピーナッツをガーリックパウダーで味付けしたもの、上海の虹橋空港から近いところにあったWestinのバーで出されたハニーローストのピーナッツだ。Park Laneのバーのそのピーナッツはビールがかなり進む味付けだった。香港のバーでビールというとCarlsbergやFoster’sのロゴが浮かんでくる。そのバーではCoronaを飲んだ。  
 Westinのバーは仕事で上海を訪れて宿泊する度に立ち寄っていたのでバーテンダーと顔見知りになっていた。気が利くバーテンダー氏はひと袋お土産にくれた。それを持ち帰って職場のみんなで食べた思い出がある。確かスタッフの一人に次回の出張の際も同じものをと頼まれたのを覚えている。
 オリーブといえば、『本を読んで・4』に書いたすっかり行きつけの一軒となったポルトガル酒場にはオリーブの盛り合わせというメニューがある。三種類のオリーブ(グリーン、ブラック、茶褐色のガレーガ)が程よく盛り合わせてある。これがヴィーニョ・ヴェルデという微発砲のポルトガルワインによく合うのだ。一度そこへ案内したオリーブが食べられなかった従姉の娘がその三種類のオリーブの盛り合わせを食べてすっかりオリーブ好きになってしまった。
 季節も良くなって来たし、前述の先輩と同期とオリーブの盛り合わせをアテにヴィーニョ・ヴェルデを飲みながら、当時乗務員が宿泊したホテルで私も何度も宿泊した香港のPark Laneと上海のWestinのバーのアテの話でもノンビリとしたいなと思った。このストーリーをご笑覧いただいた後で会うことになり、ジンリッキーが飲みたいと申し出られても大丈夫。日本一美味しいジンリッキーを飲ませるパブがポルトガル酒場から徒歩数秒、本当に目と鼻の先にある。
 今回は以前書いた話へ飛べる箇所がいつもより多くなった。それぞれ立ち止まるようにご笑覧いただくと、シンガポールに長く滞在している感覚になるのではと思う。どこかのバーで一人で一杯飲りながらリラックスしてスマホ片手に読んでいただくのにちょうどよい話になったのではと思う。
 シンガポールから始まった今回の旅の話は、途中香港と上海を経由してリスボン(ポルトガル酒場)へ行き、最後はロンドン(パブ)で完了ということでまた来月。



追記:
1.この旅の記録が記憶を整理してくれてこの話を書くことができました。




文中のバーテンダー氏はマネージャーでした・・・。
次回はこのノートを持って再訪しようかと思います。



2.このシンガポールの旅で入手したスノードームはこれです。
この台座が白いものは最後の一つでした。側にいた欧米人2人も購入を迷っていました。たまに台座がブラウンの定番のものと並べて眺めては悦に入っています(笑)。






3.旅の記録を見ていたら、Writers Barを出たあとすぐにホテル内にあるあの有名なLong Barも訪れていたことが分かりました(苦笑)。
名物の落花生をアテに飲んだのはシンガポールスリングではなく“ジンソーダ”でした。


同じホテル内にあるバーでも同じカクテルに使うグラスとライムの形が異なるのは興味深いところです。


4.飯島さん(トラベラーズノートのプロデューサー)が1月の末に御自身のブログ『魅惑のオリーブ』でオリーブについて書かれた約2週間後にオリーブカラーのトラベラーズノートが発表されました。ブログはオリーブカラー発売の前フリだったのか・・・と思ったのは私だけでしょうか(笑)。
それから、本編に書いた三種類のオリーブ(グリーン、ブラック、茶褐色のガレーガ)の彩りをトラベラーズノートみたいだと私は思いました。今回オリーブの話を書いたのはオリーブカラーの発売に会わせた訳ではございません(笑)・・・でも、ここで書けと背中を押してくれた気がしなくもありません。