

『紅茶』
シンガポールに興味を持ったのは10年以上前。
深夜にテレビでオーディション番組を観てからだった。司会は現地のタレントと日本人のDJ。
収録地はシンガポールで、毎週放映されていた。
褐色の肌の女の子が完璧な英語でVanessa Williamsの “Save The Best For Last”を上手に唄っていた。
何気なく観始めたその番組を最後まで観終えた時に、取引先がある国の一つに過ぎなかったその国に興味を覚えた。
しばらくして、仕事等で訪れる機会が増えてきた。地下鉄の駅の表示は英語、中国語(漢字)、マレー語で書かれていた。
街を歩いて面白いと感じたのは多民族が共存しているところだった。中華街のような街並みから歩を進めて行くとムスクが現れてくるなんて面白い。共存の仕方がニューヨークみたいに思えた。
様子が徐々に分かってきて何度目かに訪れた一日、老舗Rホテルのハイティーに行ってみた。
現在は分からないが、当時は完全予約制。襟の付いたシャツを着て、ちゃんと折り目のついたズボンを穿いて行った。
予約の時間より早く着いたため、ハイティーにやって来る人々を眺めていた。
やはりそれなりに上品な格好をしている人達ばかりだった。ジーンズにTシャツ、免税店のショッピングバッグをぶら下げ、片手には表紙を見ただけでそれと分かる有名な日本のガイドブックを持った女性二人組みが現れた。予約無しで来たらしく、その服装も手伝ってか追い払われるように断られていた。
ようやく時間になりハイティー開始。料理は上品だったなくらいの印象しか残っていないが、紅茶が美味しくて何杯も飲んだ。このホテルのギフトショップで売っている紅茶をお土産に頼まれたのを思い出しつつ飲み続けた。お土産を頼んだのは、シンガポールへはファーストクラスで来てこのRホテルを常宿にできるくらいお金持ちの叔父だった。
当人は美食家だが残念ながら飛行機が大の苦手なのだ。美味しかったこの紅茶はギフトショップで購入できる紅茶と同じものと思い込み、こんなに美味しいなら自分の分も買おうと思った。
会計の時に、この紅茶はギフトショップで売っているものと同じかと尋ねた。褐色の肌に白いユニフォームを上品に着こなしたウエイターは「いいえ、Tのブレックファストブレンドです」と答えた。最高級の老舗ホテルに「お気に召しましたか?それではギフトショップへどうぞ」という図式は無かった。宿泊客しか入れないところには“Residents Only” と注意書きがある老舗ホテルにいつか滞在して、そのサービスを受けてみたいと思った。叔父に頼まれた紅茶をギフトショップでほぼ手荷物一つ分購入した。
帰国後叔父に紅茶を届けると、代金の他に小遣いを貰った。帰り道、自分が美味しいと思ったTのブレックファストブレンドをその小遣いでスーパーで買った。