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『再会・8』

『再会・8』

2017/09:STORY
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 以前勤めていた会社を辞めて以来約16年ご無沙汰していた先輩のNさんとこの6月に再会することができた。年賀状のやり取りはずっとあったものの、お顔を拝見したのは2001年の9.11のテロのあと間もなく私がその会社を去って以来だった。
 現在も客室乗務員を続けていらっしゃるNさんとは、彼女が客室乗務員になる前から社内での面識も仕事上の関わりもあり、私が在職中は社内で顔が会えばよく言葉を交わした。一番話をしたのは、当時アメリカの本社から赴任して来たアメリカ人のマネージャーの秘書をなさっていたときだと思う。私はそのマネージャーとよく一緒に仕事をし、仕事の上での大切なことをたくさん学ばせてもらった。そして、何度も一緒に出張もした。香港、北京、台北、高雄、マニラ、ジャカルタ、ホノルル・・・といったところが覚えている限り列挙できる出張先だ。そのマネージャーと私の出張手配をしてくださったのは、いま思うと、きっとNさんだったのかもしれない。
 Nさんが秘書を務めたあとで客室乗務員になってからも、私が出張先へ向かう機内で乗務をしていたNさんに何度もお会いしたはずだが、機内でお話しした記憶はあまりない。お会いしたのはきっとソウルや台北など比較的近距離のフライトで、さらに乗客の人数が満席に近かったのではと思う。近距離のフライトでお客の人数が多いと、客室乗務員の方々は一息つく暇もないほど大忙しとなるからだ。一人一人に“ビーフ?・オア・チキン?”を訪ねて給仕をし、食後のタイミングを見計らって速やかに下げて免税品を売る。免税品を売る際に、客がその額面を複数の外貨を合算して払う場合などは、その計算とお釣りの用意で時間がいくらあっても足りない。当時はまだ機内で免税品を買う人が多かったし、その会社では複数の外貨を合算しての現金での支払いも受け付けていたのだ。たとえ私が乗っているのを知っていたとしても、乗客が満席であれば、顔を見に行く時間なんて皆無だったろう。
 今年いただいた年賀状に、ここに掲載されているストーリーを読んでくださるようになった旨が書いたものに対するお褒めの言葉とともに添えてあった。私がここに旅の話を書いていることを知ったのは、海外にいる共通の先輩と繋がっていらっしゃるFacebookを通してだろう。
 その後しばらくしてSNSでのやり取りが始まり、新しいストーリーが掲載されればこちらからお知らせをし、Nさんからは読んでいただいた後で都度コメントもいただくようになった。そのコメントも書き手が読み手に気が付いてもらいたいところを毎回見事に掬い取ってくださってのコメントなので、嬉しい限りである。好奇心旺盛な方でもあるので、話に出てくる食べものやスポット、本などにも興味を示してくださり、なおのこと嬉しい。
 この頃は主にSNSでだが、他の話もするようになり、所謂“断捨離”を最近なさったことを話してくださった。そのお話を伺って、私も再び断捨離をしなくてはと思った。誰かが「捨てることが究極の片付け」と言ったのをどこかで聞いたのか、もしくは何かで読んだのかした後で一度やってみたことがある。それは本当だった。しばらく着ていなくて今後も二度と着ないであろう服を捨て、ハードディスクに既に落としてあり二度とプレイヤーに乗せることのないCDと、この先きっと再読しないであろう本を売り払った。捨てるという“捨”に加えて、売り払うという“離”を行ったことが私にとって究極の片づけとなった。しかし、本に関しては悲しいかなしばらくするとまた増えてきて、元の木阿弥になりつつある。
 断捨離でエアライン・マニアが喜びそうなものや私がストーリーを書く上での資料や題材になりそうなものが出てきたので、送ってくださるという大変ありがたいご連絡をNさんからいただいた。マニアが喜びそうなグッズ類は有効利用してくれそうな方々なら私の友人・知人に譲ってもよいということなので、お言葉に甘えることにした。
 送料をかけてまでお送りいただくのは大変申し訳ないので、どこかでお会いして受け取らせていただくことにした。久々の再会となると、お会いする方がお酒を召し上がるのなら、気の利いた勝手知ったる行きつけの酒場のどこかへご案内してお会いすることになるのだか、残念ながらNさんは既に一生分お酒を飲んでしまったとのことだった。お酒を召し上がらなくなった現在の楽しみはコーヒーだということも伺っていたので、一切迷うことなく市川にある麻生珈琲へご案内することにした。麻生珈琲に関しては以前書いたことがあり、Nさんもその話を読んでくださっていて、一度訪れてみたいと思っていたカフェだということだったのでちょうどよかった。
 当日すでに時間より早く待ち合わせ場所にいらしていたNさんのほうが先に私を見つけた。私は頭に白いものがかなり増えたが、風貌は昔から大きく変わっていないはずなので、すぐに私とわかったのだと思う。Nさんも約16年の歳月を全く感じさせないほどその可愛らしい風貌にお変わりはなく、私も一目でNさんとわかった。約16年の歳月を感じさせたものをあえて挙げるなら、それは首からぶら下がっていたリーディンググラスだろうか。ベビーフェイスとリーディンググラスとのアンバランスが、年下の私がいうのも大変失礼だが、その可愛らしさをさらに増しているように映った。
 かなり大きくて重そうな袋を肩に掛けていらしたのを一目見て、いただくものを送っていただかなくてよかったと安堵したのも束の間、麻生珈琲までお持ちしますと手に取るとかなり重く、こんな重いものを遠くまで・・・と思い大変申し訳なく思った。
 全てオーナーの麻生さんのコレクションである“里帰りカップ”と呼ばれている日本から輸出などで旅立って行き、長い年月を経て日本に帰ってきたコーヒーカップがたくさん飾られている店内で、麻生さんに淹れていただいたコーヒーを飲みながらお持ちいただいたものを一つ一つ説明していただいた。これはマニアの○○さんへだな、こっちは○○くんにだな・・・などと考えながら説明を聞いた。マニア垂涎のグッズの他にも、私が野球好きなのとスノードームを集めていることを覚えていてくださっていて、今年球団創設40周年を迎えたシアトル・マリナーズの記念誌と、シアトルのものとエアライン・マニアも垂涎であること間違いなしのスノードームもいただいた。現在の生活では、乗務の他にシアトルへいらっしゃることが多いとのことで、その際に見つけて手に入れてくださったそうだ。こういった心遣いが昔からのNさんらしくて、なんだか懐かしくて嬉しかった。麻生さんにもお土産としてシアトルのチョコレートを持っていらして差し上げていたのには、その心遣いがとてもNさんらしくて感心してしまった。恐らく初めましてという意味だったのだろうが、私には“後輩がいつもお世話になっています”というNさんらしい心遣いのように映った。
 Nさんはメニューを見て興味をもった様々なコーヒーを、私は普段飲んでいるものやしばらく飲んでいないものをそれぞれいただきながらの話は尽きず、あっという間に3時間が過ぎていた。楽しい時間はあっという間というのを久しぶりに味わった。アルコールなしで3時間もの間が持った自分にも少々驚いてしまった。
 最寄りの駅までNさんをお送りしてから、いただいたたくさんのレアで希少なものたちのズシリとくる重さを肩に感じながら、私はいつものように約20分かけて自宅まで歩いた。いただいたものは、Nさんの手元を離れゴミ袋行きという“捨”の旅をすることを逃れて、“離”という旅を経て私の手元に辿りついたものたちだ。巡り巡って私の手元に辿りついた場所が、日本を旅立った後に世界中を巡り巡って麻生さんのところに辿りついたコーヒーカップたちに囲まれたところだったなんて、何だか不思議な巡り合わせを感じた。それに、いただいたもののそもそもの持ち主は旅を仕事になさっているNさんだし・・・。
 いただいたグッズ類の中から二つだけ自分のものにさせていただくことにした。それぞれ以前の勤め先に関係しているものなので、眺めているだけで様々な記憶が甦ってきそうだ。この二つのものは今後ストーリーを書く上で大変貴重な資料になるだろう。



いただいたものの中から自分のものにしたのはこの二つです。
創業からの歴史を振り返ることができる写真が満載の2009年のカレンダーと旧ペイントが施されたモデルプレーンです。私が入社したのは、ちょうど機体のこのペイントで“ORIENT”の文字がないものが赤とグレーを基調にしたものに変わり始めた頃でした。眺めていると辛かった新人の頃を思い出してしみじみとしてしまいます・・・。



 Nさんとは幸運にも約16年の月日を経てお会いできた。年齢のせいか、ずっとご無沙汰している方々の中であと何人と再会できるのだろうか・・・とか、きっと再会することのない方々もいるのだろうな・・・などということも歩きながら考えてしまった。そう考えると、Nさんからいただいたもののなかで一番レアであり希少なものは、実はこの再会だったのではと思った。ご無沙汰したままお会いできないでいる方々とは、必ず再会できる予定が将来すでに組まれており、未だに再会できないのはお互いにいまも長い旅の途中であるからだと思いたい。


追記:
1.Nさんが秘書として仕えていたJerryのことは以前「リラックス・2」に書いています。未読の方は以下URLからどうぞご笑覧ください。

2.「里帰り」というタイトルで書いた話の中で麻生珈琲が出てきます。未読の方は以下URLからどうぞご笑覧ください。

3.いただいた記念誌とスノードームの一つです。いいでしょ?(笑)
  偶然でしょうか、スノードームにマリナーズ・カラーが施されているように見えますね(笑)