

『オークランド・アスレチックス』
開幕から継続して試合に出場出来なかったこともあり、今シーズンの松井秀喜はこれ以上ないというくらいの不調に陥った。このままだとシーズン中に思いも寄らない展開になるのではと多くのファンをヤキモキさせた。
6月に入ってしばらくすると、成績の上がらないチームに監督解雇という大ナタが振るわれた。指揮官交代とともに、右投手・左投手の別に関係なくほぼ常時出場出来るようになり、まだまだ完全復調とは言えないが、結果も出始めてきた。今度の指揮官は交流戦(もう一方のリーグとの対戦。日本のプロ野球と同じです)でも迷うことなく松井を守備に就かせている。守備に就くことで本人も試合に出る中でのリズムが出来てきたのか、それが打撃にも好影響を与えてきているようである。サラリーマンの世界でも、周りの状況がある日突然変わって仕事がしやすくなることがある。じっと我慢をしていれば周りから状況が変わってくるのはどこの世界でもあるのだなと松井を見ながら思った。
松井が今シーズン所属しているオークランド・アスレチックスを1996年にミネアポリスで観たことがある。ミネアポリスには当時勤めていた会社の本社があり、その時は会議に出るために訪れた。運行スケジュールの関係で、その時は成田からの直行便が無く、シカゴ経由で行った。しばらくしてから同じ部署に来ることになっていた後輩のNが同行した。僕にとっては何回目かになる本社への出張だった。シカゴでのトランジットの時間に、ラテを飲んだり、靴を磨いてもらったり(空港での靴磨きに関しては今度改めて書きます)、優勝した直後のシカゴ・ブルズ(プロバスケットボール NBAのチームの一つです)のグッズを物色したりしてリラックスしていた。本社へ行くだけではなく、アメリカに行くのもその時初めてであったNは少々緊張していた。
現地での仕事の予定も無事に終わり、明日は帰るだけとなったその日の夜に、ミネソタ・ツインズとオークランド・アスレチックスの試合があることが分かった(というか、野球小僧の僕はいつも本社への出張が決まると事前に調べていた)。後輩Nとともにその試合を観に行った。周りがアメリカ人ばかりのオフィスもそうだったが、メトロドーム(当時のミネソタ・ツインズの本拠地。東京ドームはここがモデルとなっています)の中も地元の人達ばかりなので、アメリカに来ているのだなあと感じた。
そんなことを感じつつ、後輩Nと何とか仕事が無事終わったなあ等と話しているうちに、ビジターであるオークランド・アスレチックスの打撃練習が始まった。その時のアスレチックスに1980年代の終わりから1990年代の初頭にかけて滅茶苦茶強かった頃の面影は無かったが、その黄金時代からの主力であるマーク・マグワイアがまだ在籍していた。彼がセントルイス・カージナルスに移籍してシカゴ・カブスのサミー・ソーサと熾烈な本塁打王争いをしたのはそれから数年後の話。マグワイアの打撃練習は圧巻だった。軽~く振ったバットにボールが当たり ”コン!“ と音がしたかと思った途端に、ボールはフラフラと外野スタンドへ吸い込まれて行き、客席に当たって ”ゴン!“ と音がした。
試合はいいからもう少し打撃練習を見ていたいと思うくらい圧巻だった。
マグワイアが打撃練習を終えて引き上げようとする時に、「おい、マーク、オマエは男だぜ!」のような声が客席から飛んだ。その声に対してマグワイアは無表情で、声のした方を向かずに「おー」と答えていたのが印象的だった。
リチャード(かつての同僚。「旅の必需品」「リラックス・3」「タイミング」に登場)に勧められた通りにNと試合を観ながらホットドックを食べた。お酒好きのNと一緒だったからビールも何杯か飲んだと思う。
僕にとっては、大リーグ観戦はその時が初めてではなかったが、7回表終了時に球場全体で合唱する「Take Me Out to the Ball Game」の歌詞に出てくるクラッカージャックをその時に初めて食べた。クラッカージャックとはポップコーンがピーナッツと一緒にキャラメルで固められたようなお菓子で、ホットドックと並ぶボールパークグルメ(とは言わないだろうが)の一つだ。とてもアメリカ的なお菓子で虫歯になりそうなほど甘かった。
仕事も無事終わり、リラックスした精神状態ではあったが、時差ボケがまだ残っていた体にビールが効いたようで、Nと共に試合の途中でウツラウツラしてしまっていた。そんな状態だったので、試合はどちらが勝ったのか、どういう試合だったのかほとんど覚えていない。ツインズがボロボロだった気がするだけだ。後でNが近くにいた子供が僕たちを不思議そうな顔をして見ていたと言っていた。見慣れない東洋人が2人野球場で居眠りしているのを見たほうが、その子にとっては、地元のチームが一方的に負けているゲームを見るより面白かったのではと思った。
昨年は「カリフォルニア・エンゼルス」というタイトルで、松井が所属したエンゼルスと自分のエンゼルスにまつわる話を書いた。今シーズン終了後、松井の去就が再び注目され、所属チームが決まるまでは連日報道されるようになるだろう。もし松井が来年今シーズンとは違うチームへ移籍し、僕が以前そのチームの本拠地を訪れたり、そのチームの試合を観たことがあったとしたら、来年同じようにそのチーム名をタイトルにして僕はストーリーを書くだろう。
果たして松井の次の旅先は、僕が訪れたことがあったり、係わり合いがあったところなのだろうか。