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 『旅先で食べたものが食べたくなって・1』

 『旅先で食べたものが食べたくなって・1』

2022/04:STORY
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 まだまだ真冬の寒さが身にしみた2022年1月下旬の東京。自宅で業務評価の面談をオンラインで受けた。オンラインの面談。感情がすぐ顔に出る自分には素晴らしいシステムだ。
 面談は午前中の小一時間で終了し午後は休み。いくらか緊張が伴う面倒なことから開放されたせいか、暖かいところに行きたくなった。  
 頭に浮かんだのは20数年ご無沙汰しているハワイと、最後に訪れてからあっという間に10数年経ってしまったシンガポール。
 そもそも冬が大嫌い。寒いのが嫌なのだ。あの蒸し暑いシンガポールでさえ、冬の東京からは「暖かいところ」に見えてしまう。
 ランチはシンガポールのチキンライスにしようと思った。トラベラーズノートに加えてシンガポールのガイドブックもバッグに放り込んで出かけた。ガイドブック・・・ちょっとでも旅気分を出そうと選んだ小道具だった。
 シンガポールの朝ごはんの定番カヤトーストで有名なYa Kun Kaya Toast。新宿店は店内が現地のインドアのホーカーズ(フードコート)を彷彿させる。チキンライスもここで常に食べられる。本国では出してないようだが。
 いつものように三種類のソースをきれいに使い切るにはどういう配分がいいのだろうかと考えているうちに食べ終わってしまった。これはシンガポールでも同じ。


朝ごはんのお店のチキンライス。トレイに割り箸・・・現地のホーカーズを彷彿させますね。

 以前より美味しくなったと思った。店内にシンガポールを感じ、久しぶりに食べたせいだったかもしれない。
 食後一息ついたところで、数年前にお店の前まで行って場所をチェックしておきながら、まだ訪れていない神田のチキンライスのお店を思い出した。それから、かつては中目黒のトラベラーズファクトリーの目と鼻の先にあって何度も訪れたFive Star Caféのことも。昨年2021年に目黒川沿いで新装開店してからはまだ訪れていなかった。
 有給休暇となった3月のある平日の都内は上着がいらないくらいポカポカ陽気になった。神田のチキンライスのお店に行ってみることにした。旅先で初めてのお店に行く気分を出すために、再び小道具としてガイドブックをバッグに放り込んだ。
 お店の最寄りの駅は地下鉄の淡路町。小川町でもよい。「アド街」風にいえばJR線の神田駅、秋葉原駅、御茶ノ水駅の三角形の中にあるイメージ。東京好き、日本マニアのトラベラーならよく歩き回るエリアのひとつだろう。僕は秋葉原駅からお店まで歩いた。
 12時前に入店。テーブル席のみで20人ほどで満席になりそうな店内は一人で来て正解だった。ランチメニューはチキンライスとこの日はラクサだった。注文を終えて水を一口飲んだ後で店内をぐるりと見渡してみたが、ラクサを食べている人はいなかった。
 周りは近所の会社に勤めていてよく食べに来ている様子の人たちがほとんどだった。身なりとこなれた注文の仕方や食べ方からそう見えた。
 まだまだ知る人ぞ知るアジアのローカルフードで、洋食のあの「ケチャップごはん」と同じ名前のチキンライスのお店がこれだけ賑わっている。きっと美味しいのだろうと思った。
 グラスの水をもう一口飲んでやっと人心地着いた。店内を改めて見回してみた。以前も飲食店だった面影が残る店内を、シンガポールやマレーシアから持ち帰ったと思われる品書きのプレート等が現地を思わせるいい雰囲気を出していた。旅先でようやく辿り着いた目指したお店はこういう雰囲気のところが多かったかもしれない。
 皮をとってもらったチキンがきれいに盛り付けられたチキンライスが運ばれてきた。美味いったらない。もっと早く来ればよかった。シンガポールマニアたちにすぐに知らせたくなった。
 旅先だったら、ガイドブックの予め付箋を貼っておいたそのお店のところに、「当たり」「おススメ」の意味の二重丸を付ける場面だった。旅先でよく経験するこんなひととき。しばらく味わってない。再訪決定。


ここは当たりでした。チキンライスはこれより大きいサイズもあるので次回は必ず。
シンガポールマニアのトラベラーにはこの写真から現地で食べている想像を膨らませていただけたらと思います。行ってみようと思った方は「チキンライス」「淡路町」をヒントに探してみてください。


 トラベラーズファクトリーからCOW BOOKSへ行って中目黒駅へ向かうのが、僕の「中目黒散歩」のコース。過日COW BOOKSから中目黒駅へ歩いていると目の前に不意打ちのようにFive Star Caféが突然現れた。驚いて足が止まった。
 「ここだったのか・・・。」と思うまですっかりFive Star Caféのことは忘れていた。気にしていたはずなのに。
 せっかく足を止めたので中に入って近々来られそうな日で予約を入れた。これがシンガポールだったら無理な話。こういう場面は帰国間際にやってくることが多く、再訪はいつになるか分からない。偶然出くわした移転した好きだったお店の情報をトラベラーズノートに記録して、景色を記憶しておくのが精一杯。これも旅先で経験する場面のひとつだろう。
 日を改めて訪れたFive Star Caféにかつての面影はなかった。屋号をそのままにして経営者が変わったのだろうか。経営者が変わるとここまで変わるのか・・・という変わりようだった。後で気がついたが、驚きが想像以上だったようで、タイガー(ビール)の注文を忘れていた。置いているかどうかを聞くことすらしなかった。
 チキンライスの味がそれほど変わっていなかったのがせめてもの救いだった。タイガーのドラフトを置いていた以前のお店がとても懐かしく思えた。
 その旅先を訪れていることを実感できて必ず再訪するお店が旅先にある。久々に訪れると移転。移転先に行ってみるとローカルで親しみのあったかつての面影は微塵もなく、現代風の店構えに寂しさを覚える。旅先で重ねてきたこの経験と同じだった。トラベラー各位も経験していると思うが。
 食事を終えてお店を出ると、アジア系の観光客らしき人が入店を迷っていた。旅先だったら、「大丈夫ですよ。美味しかったですよ。」と声をかける場面だ。チキンライスそのものは美味しかったのに、その一言が出なかった。ショックだったお店の変わりようが声をかけるのを止めたのかもしれない。


チキンは歯応えがよく上質で三種のソースもOK。店内の変わりように慣れるまでもう少し・・・。

 中目黒らしいおしゃれな店構えのカフェをいくつも通り越してトラベラーズファクトリーに食後のコーヒーを飲みに行った。中目黒で確実に美味しいコーヒーが飲めて、間違いなく居心地が良い「カフェ」を他に知らない。
 ファクトリーブレンドを2階でいただきながら一息ついた。トラベラーズノートを広げて、いまさっき食べてきたチキンライスのことをつらつらと書いた。短期間で新宿、神田、中目黒とチキンライスを巡る街歩きをしていたことに気付いた。シンガポールで地下鉄を利用して評判のお店を食べ歩いたみたいだった。
 旅先で出逢って好きになったものを求めての都内の街歩きも悪くない。コロナ禍でこの楽しみ方を見つけたのは大きい。同じような街歩きはやはり現地でしたいのが正直なところだが。
 神田のお店の夜のメニューにキャロットケーキがあったのを見逃さなかった。先ずはキャロットケーキでタイガーを飲る。これは自分のシンガポールでひとりの夕飯の際の流儀。現地で楽しむのはまだ先になりそうだ。近々キャロットケーキに関する話を準備してみよう。
 チキンライスは『旅先で食べたもの』のひとつとして以前書いた。以前書いた食べたものについて改めて書く際は、タイトルを『旅先で食べたものが食べたくなって』にしようと思った。
 今作のテーマとタイトルが決まった。ちょうどコーヒーも飲み終わり、許されている滞在時間も一杯となった。ここにもコロナ禍の制約。再び心ゆくまでひとりで過ごせるようになるのが待ち遠しい。
 マスクをして席を立った。旅の感覚が徐々に鈍っていくのに反比例してマスクをする手付きが随分こなれたのに気付いた。


ここから「中目黒散歩」を始める方も、ここが散歩の終着点の方もいらっしゃるのでは?
ひとりが落ち着く貴重な場所ですね。



追記:
1.シンガポールのチキンライスについては『旅先で食べたもの・2』、ラクサについては『旅先で食べたもの・9』で書きました。未読の方は是非合わせてご笑覧ください。

2.「みんなのストーリー」に掲載していただいたストーリーをnoteでも展開しています。以下URLよりご笑覧ください。追記1で触れたストーリーもご笑覧いただけます。読書記録もそこに載せています。
https://note.com/nostorynolife/

3.この話を書いている最中にシンガポール政府観光局さんよりガイドブックをいただきました。感謝です。再訪の計画を立てる際のヒントやストーリーを書く際の資料として有効に使わせていただけそうです。







 
「おとなの青春旅行」講談社現代新書
「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿