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『本を読んで・2』

『本を読んで・2』

2012/05:STORY
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 欲しい本があってもなくても、月に一回は大型書店に足を運ぶ。欲しい本があるときは直接その本がある階へ行くが、ない時は、その書店の最上階から順番に降りてくる。この時に思いもしなかった良い本に出会ったりする。良い本だと思って購入して読み進めると、全く面白くなくて辛くなる時もある。そんな時は、改めて本の値段を確かめてみたときに、もっと辛くなってしまう。その辛さは、レコードが全盛だった頃、西新宿の輸入盤専門店で、いわゆる「ジャケ買い」をして、そのレコードを楽しみに持ち帰って聴いたらハズレだったと分かった時と同じである。

 一日都心にある大型書店へ探していた本を買いに行った。インターネットのおかげで、事前にそのお店の在庫が調べられ、必要ならば取り置きまでしてくれるので便利になった。さらに、最近は店の検索機でその本が何階の何番の棚にあるということまで調べられるので、店員を煩わせ、探してもらうのに長い時間待たされることも今ではほとんどなくなった。

 目当ての本をあっさりと見つけ、書棚を巡っていると、一冊の本に目が止まった。本なので、「ジャケ買い」ではなく「表紙買い」、もしくは帯の文句に吸い寄せられての「帯買い」が始まってしまったかと思ったが、この本に関しては両方だった。

 本のタイトルは、「あの日、パナマホテルで」(ジェイミー・フォード著 前田一平訳 集英社文庫)。僕は旅好き・ホテル好きなので、ホテルと付いている本や雑誌は大概手に取り、目を通す。例えそれが女性誌のホテル特集でも例外ではない。ホテルのエントランスが描かれているその本の表紙は、見る者にその扉の向こう側に広がる世界を想像させるものであった。表紙に巻かれている帯には、朗読会などで数回お会いしたことがある翻訳家の柴田元幸さんの「泣いてしまった」というコメントが載っていた。

 あの柴田元幸さんが泣いてしまったなんて、どんな内容なのだろうと気になった。

 第二次世界大戦中にシアトルで少年時代を送った中国系の主人公が、少年時代を振り返りながら展開されていくストーリーに、読み始めてすぐに夢中になっていた。

 北米でも治安のいい街といわれ、日本人にもすっかり身近になったシアトルに、日系人にとってこんなに辛い時代があったことは知らなかった。


 飛行機の乗り継ぎで空港を使ったことはあるが、僕はシアトルの街を歩いたことがない。シアトルと聞いて思い浮かぶことは、従姉からお土産で貰ったマリナーズ(イチローが入団する10年以上前のこと)とスーパーソニックス(NBAのチーム。現オクラホマシティ・サンダー)のTシャツ、結局まだ行っていないボーイングの工場、生前お世話になったJerry(「リラックス・2」参照)が住んでいたところ、後輩にお土産として貰ったものと、空港での乗り継ぎ時間に自分で買ったスノードーム・・・等である。

 僕のことをよく知っている人達は、僕がシアトルへ行くとしたら、第一の目的は大リーグ観戦だと思うだろうが、何故かそれほどマリナーズの試合を現地で観戦したいとは思わないのだ。

 しかし、「あの日、パナマホテルで」を、街並を想像しながら読んでいくと、この本を片手にシアトルの街を歩きたいという思いが強くなった。この小説は、読んでいて笑顔になったり、もしくは観光ガイドになるような内容ではないが、素晴らしい内容であり、出てきた場所を訪ねて歩いてみたいと僕に思わせる内容だった。もし今おススメの本を尋ねられたら間違いなく薦める一冊である。

 ガイドブック片手の旅ももちろん楽しいが、その旅の切っ掛けとなった本を片手にする旅もきっと楽しいはずだ。

 この小説の舞台となったパナマホテルは実存するそうだ。実物の写真を見たことがない(あえて見ないようにしている)ので、僕の中でパナマホテルは表紙の絵とストーリーから得たイメージのままでまだ存在している。いつかシアトルを訪れたら、セーフコ・フィールドやスペースニードルよりも真っ先にパナマホテルに行くつもりだ。本を片手にパナマホテルの前に立った時、どんな感情が湧き起こってくるか、今から楽しみである。その時の感想が「泣いてしまいました」になるのではないかと今は思っている。