

ゴミ巡回 3
私は学生時代一貫してレンタカー屋のバイトに打ち込んでいたアパート仲間に電話をしました。彼とはもう4年、やつの結婚式以来です。しかし、以前、彼も世話になった庫。それも一回や二回の付き合いではないはず。共にひもじい思いをしたアパート仲間は、4年間という時間以上に、当時の一時の時間の流れの方が遅いのです。
しばらくした土曜日のことです。ネクタイ姿で2t車から降り立った彼は、懐かしい庫を前に、昔に戻ったようでした。幾分、目をパチクリさせて、記憶のいくつかをトレースしているようです。きっと、そんな懐かしさが伝染したんでしょう。私も幾分、感傷的な気分になって、永年差し込まれ続けていたコンセントプラグをおごそかな手付きで抜いたもんです。それはまるで、発病以来10余年、いまやすっかり植物人間となってしまった患者の生命維持装置をはずしにかかる担当医の心境です。極太の毛虫のように成長したほこりまみれのコードの先で、当時の金色そのままのプラグが、やけにまぶしい瞬間でした。
やがて、庫は2t車の荷台で、街路灯に照らし出されました。それが私には独り暮らしの墓標のように見えました。
車は深夜の街に向けて、ゆっくり動き出します。
すると、どうでしょう。妙な音が荷台から聞こえて来るのです。
『ガサガサ、ゴトゴト』
これは、新芽を出したまま干からびたジャガイモと、とぐろを巻くだけ巻いた玉葱がもつれ合う音。
『ガチャガチャ、カチャカチャ』
これは、5年ほど前のカレー鍋と、すでにお酢に近くなってしまった8年もののワインビンの当たる音。
すべて、身に覚えのある音が耳に心地よかったものです。
やがて、庫は、はるか見知らぬ団地のゴミ置場へ安置されました。内部に私の永年の恥を詰め込んだまま。...
『おお、冷蔵庫、お前はバカなやつよ。オレを悪く思うなよ。オレはこれから幸せになるんだ・・・』
いつの間にか、小雨が降っていました。
小雨に煙る冷蔵庫・・・。
いつまでも供に暮らしていきたいのは山々だが、私の人生はカレンダーのごとく月が変わり、年が変わり、新しい局面へ進み出した以上仕方のないこと。
しかし、私の心が引っかかるのは、未だ十分機能する物を絶ってしまう罪悪感。
それは、いけにえと交換に得るかりそめの精神的安定と極似したものです。
動き出す車窓から振り返った時、
『やはり、あいつも土に埋めてやるべきだった。・・・』
私は取り返しのつかない後悔の念に心を痛めるのでした。・・・・・・
果たして、あの庫はどうなったでしょう?・・・。あの洗濯機や机は無事、太平洋へたどり着けたのでしょうか?.....。近所の子供達のおままごとは?.....。
今でも時々、当時のことを思い出すと胸が痛みます。特に、庫は、姿は消えても、私の心の中では消えません。自身の恥を詰め込んだまま、いまだ、あのままの場所で小雨に煙り続けているのです。
そして、ついに、問題の『最後の夜』がやってくるのです。
『ラストナイト』
『独身時代最後の夜』
『自由な翼をたたむ夜』
『鳥から鼠となる時』
呼びようはいろいろありますが、なんとなく、胸騒ぎもする、ざわめきの特別な夜です。
やはり、ここにもひとつ、忘れていた物がありました。どうしても、残るべくして残ってしまうような布団なのです。
これこそ、私の体に一番近い物。
粉雪のちらつく寒い夜。灼熱の熱帯夜。
まるで、世の中が私を中心に回っているように楽しかった一日も、全身、鉛になってしまったようなけだるい日にも、きまって、必ず、私の全体重を受け止めてくれた一枚。
それはもう、私の皮膚の一部と言っても過言ではありません。
こいつをどう処分するべきか、最後の圧を背中で加えながら、あれやこれやと考え続けます。大体からして、答えなどありません。
『布団を捨てる。』
これ自体、何かしてはならない行為。不正な行為。直感的に罰当たりに思えるのです。問題は、如何に、心のダメージを少なくするか。要するに、うまくごまかす以外に方法はないのです。
そんなこんなを頭に、うとうとまどろむ内、窓の外は薄紫色に明るくなってきます。とっくにカーテンを捨て去った窓は、今までになく時間に正確です。事は速やかに行わなければなりません。ここまで、それを引きずってきてしまった自身を恨んでみても、今となっては、もう、遅いのです。
『とりあえず、とりあえず・・・』
そんな、意味もない独り言を頼りに、私は起き上がるしかないのです。
不思議なものです。
夜明けの街を布団を肩に歩く。
すると、改めて気付くことは、視野の半分以上を占めている死角のことです。
『誰かにすれちがってもわからない・・・』
ますます歩調は早まります。実に不思議な心理です。なぜでしょう?。こんな時ほど、誰かにじっくりながめられているような視線を感じるのです。
ようやく電柱にたどり着いた私は、布団を根肩に降ろします。
とりあえず道路に沿って全長を伸べます。
『電柱を枕代わりに布団を敷く』
なんて豪気な図でしょう。これは大胆を超越した悪の領域です。
悪魔の寝床は道路脇の白線をまたぎ、1/3幅ほどが車道にはみ出しているのです。
『これではだめだ!』
私は布団の端に片膝を立て、布団の耳をつかみます。
両手は肩幅。指先に均等な力を加えながら。その昔、どこかの体育館で体験した体操マットののり巻きそのままです。
加える力は、細い仕上りのバロメータ。均等な力配分は、最短幅へのパスポート。今まで、いずれの体育館でも見せたことのない真剣さは、そのまま私の良心の比重。
どうにか布団は電柱に立てかけられました。極太の伊達巻きのようです。一種、立派な光景です。あとは立ち去るだけ。そう思う間もなく反射的に、もう、歩き出しています。今来た道を、その死角だったエリアの広がりにとまどいながら。
そこでなぜか振り返るのです。
それは事を成し遂げた余裕でしょうか?。もうすでに、無責任な第三者としての好奇心なのでしょうか?。いえいえ、そうではないようです。それは体験した者にしか味わえない心理。強いて申し上げれば、布団が私を呼んでいるような、後方からの目に見えない力なのです。
やがて、私は納得するのです。
振り返った私の視界に、その理由が見えているのです。
極太の伊達巻きは自らの重みに耐えかね、腰を折り、そして、見る間もなく、崩れ落ちるように、そのはらわたを広げて止まります。思わず、私も『はっ!』と立ち止まってしまいます。
今、だらしなく腰を折った布団に私の影がくっきり写っているのです。それはまるで、原爆の爆風で建物の外壁にくっきりと残った『死の影』です。永年の寝汗で、舐めると少し塩辛い私自身の分身。
それが、地面に片ひじ着いて、
『おい、オレを見捨てないでくれ!。オレはどこへでも追いて行くぞ!。』
匍匐前進でこちらに向かってきそうです。
そんなとき、そんな切実な場面にかぎって、新聞屋がバイクで走りすぎたりするのです。
私は不正介入に失敗しました。銀行のカード機で、暗証番号を三回間違えてしまった気分です。もういけません。すでに後悔心が頭をもたげ、良心が違和感を従え、私の頭の中で膨らんでしまうのです。
『うまくない、うまくない。引き返せ、引き返せ・・・』
こんな声がしきりとします。それは、アパートにたどり着いても、ついに止むことはなかったのです。
しばらく・・・。
私はふたたびアパートから歩き出します。重い足取りです。体がいやがるものを頭だけが牽引して行く、前かがみの姿勢です。
その時です。私の目に飛び込んできたのがご近所のブロック塀です。
南向きのブロック塀が新しい朝日を浴びて輝いています。
生まれたばかりの陽光でめくられた温暖面。
『朝日の当たる塀』
『燦燦と』
『温もる、温もり』
『サンシャイン』
『サニー』
それぞれが憧れです。アラスカのエスキモーが憧れる、カリフォルニアの陽光です。もうこれ以上、開放的な明るさはない。湿り切った私の心は、ただ盲目的に電柱まで取って返して、ぐったり横たわる私の分身をふたたび背負うだけです。
『オレが悪かった。見捨てたわけじゃないんだ。もう、悪いようにしない。・・・
へへへっ、いい所があるんだ。いい所が・・ね・・・』
今度は一躍、元気な足取りです。現金なものです。目的に一直線に進む、建設的な姿勢です。
そして、布団の湿り気が、ようやく私の肩先のTシャツに伝わる頃、塀の前にたどり着くのです。
私は、さも当然そうに、布団を干し始めます。罪悪感などみじんもありません。
『ブロック塀には布団干しがよく似合う。』
これ以上のシチゥエイションもありません。
ナイス、ロケーション。
干されるために生まれてきた布団と、干すために建てられたブロック塀なのです。
なにを隠そう、私は何年かぶりの布団干しに忙しいだけなのです。もちろん、布団も100%正直に干されようとしています。今まで、年に一回か二回、近年、およそ11月の文化の日あたりの、恒例行事化されたその日が、今年も巡ってきたと思っているはず。
11月にしては、大分、蒸し暑い日和も、干し主がTシャツ一枚だという事実も、疑ってかかるには、あまりに仕草が自然体だったはず。
私の心配事はただひとつ。
早起きの家主などが雨戸を開けることなどないよう祈るだけです。
あとは多分、どこの第三者が目撃しても、なんら不自然のかけらも発見できなかったことでしょう。ましてや、『干し逃げ』呼ばわり、など・・・。
さて、こちらの布団はどうなったでしょうか?。
さんさんと光度を増す日光に、ぐったり縮こまっていた繊維は久々に伸び切って、本来の布団らしさを取り戻したでしょう。
通りすぎる人々も
『ああ、天気のいい日は布団干し』
ありきたりの風景の一部として、視野の端に納めたことでしょう。
やがて、太陽が西に傾き始める頃、ようやく、わずかに違和感が増し始めます。
それは、親切なお隣りでしょうか。詮索好きな通行人なんでしょうか。けいら中の公務に忠実な本官さんかも知れません。まだ、しかし、ただ『干し逃げ』と判断する人間がどれほどいるでしょう。
私はいまだに、日本晴れの住宅街、特に南向きのブロック塀には敏感です。
梅雨の中休み、台風一過の世界晴れ。開発分譲で画一化された閑静な住宅街。ずらり並んだ高層マンションのベランダ。何十、何百枚と干された内の何枚かに、つい、いつまでも取り込まれない可能性を探してしまうのです。
冷蔵庫も泣いています。半開きになった扉から、まるでペロリとベロを出すように、私の影の付いた布団がだらしなく伸び切っています。
よせばいいのに、その上をカレー鍋が、とぐろを巻いた玉葱が、滑り降りようとするのです。
小雨が降っています。・・・それは心の中で水葬にした集中豪雨に継がれる雨でもあります。
・・・・・・
*
*
青黒い空間に家々の黄色い灯が並んでいる。
時計をながめるとすでに3時近く。灯りのひとつひとつは門灯だったり、駐車場の常夜灯、内階段のナツメ球だったりした。
大南は少し離れた谷底を流れる川の土手で街路灯を背中にながめていた。街路灯の白い光が家々をぼんやり照らすのだ。さっき自販機で買った缶コーヒー片手にしばらくながめていた。
どこも新しい家、造りかけのものもあったり、いずれも最近の家で、駐車場に納まった車からして、そこそこの生活レベルと知れるファミリー。しかし、坂の上の平面からすれば急坂分の落差があるファミリーということになるが、もとの三軒長屋の敷地はすでに跡形もなく、おしゃれで垢抜けた戸建て群に占領されている。
空き地があった。
いくつか遊具が置かれているところからすると区の公園となったのだろう。
大南はゆっくり空き地に近付き、置かれたベンチに腰掛けた。
そして、ふっと、面を上げてみた。
そこからの景色に懐かしさがこみ上げてくるのだ。
正面の高見に小田急線の堤が左から右へ斜めに視界をふさぐ。
左側へパーンすると資本主義平面へ登る坂道。
右側は掘り切られた川を挟んで対岸の隣街。
三つの直線で区切られた三角デルタ地帯。
日光浴としゃれ込んだ当時の景色と3辺がピタリ一致してみせた。
大南ははじめて自分の大切なものをなくしてしまったことに気付いていた。
どうしようもなく捨て去りたかった品々、これほど無用で、無意味で、目障りなほどに感じていたガラクタ達と過ごしていた時間。実は自分の心の中で一本の柱を形成していた大切な宝。
きっと、やつらが私を呼んだんだ...。
きっとまた、何度捨てても呼ばれるような、心が吸い寄せられるゴミ達。私の抜け殻がまだこの地面に埋まっている....。
大南は缶コーヒーを飲み干し、ベンチの足元に丁寧に隠すと立ち上がった。
「運転手さん、お待たせ。これ、よかったら飲んで」
大南はポケットから缶コーヒーを手渡すとバックシートに深々と座った。
「悪いんだけど、高速、町田で降りて...。もうひとつ用足しさせてくれない?」
「はいっ、参りましょう」
今や、大南にとっては当たり前の返事に聞こえていた。。
冷蔵庫が呼んでいる。...
それだけ、感じていた。