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『Day Tripper』

『Day Tripper』

2010/05:STORY
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 2009年9月9日ビートルズのオリジナルアルバムがリマスターされて発売された。都内の大型店では発売に際してカウントダウンのイベント等を行ったようで、盛り上がった様子を翌日の報道で見た。いろいろな形で既存の作品が過去再発売されているが、今回も相当な枚数が売れることだろう。
 ビートルズを聴き始めたのは中学生になった頃からだった。僕も多くの方がそうだったように洋楽を聴く取っ掛かりはビートルズだった。最初は4人のメンバーが髭を蓄え始める前の時代の作品が好きだった。大ヒット曲の一つの「抱きしめたい」の英語の曲名は「I want to hold your hand」でその通り訳せば「あなたの手を握りたい」だが、手を握りたいじゃ誰もレコードを買わないからきっと「抱きしめたい」にしたのだろう・・・なんて、洋楽に付けられる邦題の妙を面白がるようになるのはずっと後の話だ。
 いろいろな洋楽を聴いて再びビートルズに戻ると髭を蓄え始め本当の長髪になった頃の作品が好きになっていた。30歳を過ぎてからCDでたまに聴くのは「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だ。
 1987年大学2年生の夏休みの8月の一ヶ月間イギリスの郊外コルチェスターにある大学で英語の勉強をした。期間中現地の祝日を間に挟んだ3連休があった。その休みを利用して日帰りでビートルズ誕生の地リバプールへ行った。ロンドンから電車で片道3時間近くかかったのを覚えている。ロンドンで電車を待つ間カフェで紅茶を飲んでいるときに、当時僕は煙草を吸っていたので、現地の人が僕に煙草の火を借りに来たのを今でも覚えている。その時のライターは所謂百円ライターで、確かロンドンで買ったユニオンジャックのシールがライター全体に巻かれていたものだったと思う。見るからに東洋人の僕に現地の人が何の抵抗もなく話しかけライターを借りに来たことに対して僕は「自分は外国にいるのだ」と強く感じた。レコードからカセットに録音したビートルズをリバプールへ向かう電車の中でウォークマンで聴きながらビートルズに興味を持ち始めた時からのことを思った。3時間近くの道のりもビートルズを聴き初めて目にする電車からの景色を見ながらだったので長くは感じなかった。午後も夕方に掛かりそうな時間にリバプールに着いた。僕が訪れた1987年当時でも町は結構拓けていた。しかし、ビートルズがこのリバプールで燻っていた頃はきっと退屈な町で、大音量でロックを演奏することくらいしかこの町ではエネルギーを発散させる方法はなかっただろうというのが僕のリバプールに対する第一印象だった。
 ロンドンへ戻る電車の時間を気にしながらビートルズに関連する所を歩いて回った。一人の日本人もしくは東洋人とも擦れ違わなかった。今でも鮮明に覚えていることが二つある。一つはあの伝説のキャバーン・クラブがとても綺麗になっていたことだ。僕が見た限りでは、残念ながら1960年代初めの香りは感じられなかった。もう一つは何か記念になるものを買おうとビートルズのグッズを売っているお店に入った時だ。「HELP !」でジョン・レノンが被っていた黒い帽子のレプリカがあったので買った。いろいろと買い物をして会計をしている時に、店員がどこから来たのかと聞いてきた。日本だと答えるとキーホルダーを一つおまけしてくれた。物凄い数の人々が世界中から毎日訪れていると思われるお店でそういうサービスをしてくれたのは嬉しかった。恐らく買った帽子のお陰でマニアだと思われてサービスしてくれたのかもしれない。休みが終わって授業が再開されると、同じ大学の英語学科から参加していたいつもサスペンダー付のズボンを穿いていたI君がその帽子を気に入ってしまい何度か貸してあげたのを覚えている。帰国してからピーコートに合わせたりもしてみたが恥ずかしくて僕は1回で被るのを止めてしまった。海外で衣類を購入する時は日本で身に着ける場合を十分に想定して買わなければならないということをその時に学んだ。その帽子は今でも持っていて3年に1回くらい思い出したかのように被る時がある。
 リバプールへは本当に慌しい日帰りの旅だったので、現地で飲み食いした記憶がない。パブで現地のビールを飲み、フィッシュ&チップスを食べて隣り合わせた人とビートルズの話をする時間がなかったのが今思うと心残りだ。ロンドンへ戻る電車の中で、物凄い数のビートルズ好きが世界中にはいるが、誕生の地のリバプールまで来ることができる人は限られているだろうなと思いつつ自分の恵まれた境遇に感謝した。
 日本から一緒に来た他のクラスメイト達も休みを利用してスコットランド等へ行ったようだった。長期間旅に出ていてその旅先でさらに小旅行をする楽しさを知ったのはこの旅である。社会人になって同期2組の結婚式でホノルルに行った時に、現地で式と式の間が中二日空くスケジュールだった。他の同期や先輩達はずっとゴルフをしていたが、僕は一人でハワイ島へ一泊で行った。それはリバプールへ行った時に知った旅先での小旅行の楽しさをまた味わいたかったからだ。
 リマスターされて発売されたビートルズのCDはまだ購入していない。恐らく全ての作品が現代の最先端の技術で綺麗な音になっていることだろう。リバプールへ行く電車の中でウォークマンで聴いたレコードから録音した時折プチプチとレコード針がレコードの上の埃を噛んだ音も拾っているカセットテープの音をとても懐かしく思う。
 この話を書く上でイギリスのガイドブックでリバプールのところをチェックしてみた。載っている数少ない写真からさらに拓けて観光地化された様子が伺えた。きっと今のリバプールは、レコードから録音したカセットテープの音よりも、現代の最先端の技術で綺麗になったCDの音のほうが合う町になってしまったのかもしれない。
 リバプールを再訪するチャンスがあった時には、今回発売されたリマスターCDを愛用のiPodに録音して持っていくべきだろうかと考えた。リバプールへ向かう電車の中でiPodで聴く綺麗な音のビートルズは初めて訪れた時の懐かしさを呼び起こしてくれるのだろうか。町の変化も自分の気持ちの変化も確かめてみたいと思う。