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『再会 ・1』

『再会 ・1』

2010/05:STORY
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 ストーリーを書いていると、書いている最中に次から次へといろいろなことが思い出されてくることがある。一つの話を書きながら、思い出されたことによって別の話が展開出来そうになることがよくある。前作「距離・2」を書いている時にも次々といろいろなことが思い出された。今でこそ全く珍しくなくなったベーグルだが、20年くらい前は今で言う「デパ地下」でもほとんど見当たらず、あったとしてもその品揃えは乏しかったと記憶している。ニューヨーク滞在中のある週末に、当時ロングアイランドに住んでいた従姉を訪ねた時に、その従姉が地元の人達で賑わうベーグル屋へ朝食を買いに連れて行ってくれた。そこで買ってもらったオニオン味のベーグルの美味しさといったら衝撃的だった。現在日本でもベーグルは種類が豊富になったがあれほど美味しいオニオン味のベーグルには現在でも出会っていない。あのベーグル屋を日本に持ってきたら間違いなく「行列のできる店」になっているはずだ。
 これまでの人生でたくさんの方々に出会ってきた。残念ながら亡くなってしまった方もいる。そういう方々の中で出来ればもう一度お会いしたいと思っているのが従姉の義父であるドンだ。前作を書いている最中にドンのことがじわりじわりと鮮明に思い出された。
 ドンに初めて会ったのは今から21年前の大学3年生の夏休みに初めてニューヨークに行った時だ。前作「距離・2」に書いた教会での洗礼式に出席した後でロングアイランドのお宅で行われたパーティーの時である。とてもにこやかに迎えてくださったのを今でも覚えている。その従姉の結婚式は東京とニューヨークで行われた。僕は当時高校受験が目前だったので東京での式には出席できなかった。東京での式に出席したドンとアン(ドンの妻であり従姉の義母)の通訳を今は亡き父が式場で務めた。ドンが「結婚式で東京に行った時Hideのお父さんのお陰で目の前で何が起きているかよくわかったんだよ」とその時微笑みながら言ってくれた。また、父が不動産の仕事をしているのを覚えていてくれて、地元紙の折込みの不動産広告と紙面の不動産広告欄を集めておいたものを、「参考までにこの辺り(ロングアイランド)の土地建物がどのくらいするのかわかると思うよ」といいながら父へのお土産として渡してくれた。お会いして間もないここまでの会話でなんて親切で日本的なのだろうと思いつつ、当時自分が描いていたアメリカ人像が覆されていくのが分かった。心配りの出来る立派な人というのは目の色も肌の色も関係ないのかもしれないとその時思った。その他にもお家の中を案内してくれながらいろいろな話をしてくれた。またすぐにでもここへ戻って来たいと強く思いながら当時滞在していた寮へ帰ったのを覚えている。
 その後僕は大学を卒業して航空会社に就職した。次にドンと会ったのは、僕が就職して数年たった時にアンと共に夫婦水入らずの旅行で東京に来た時だ。叔父・叔母が都内にあるホテルの高級中華料理店に彼らを招いた時に同席させていただいた。久し振りで緊張しながらも再会できて嬉しかったことを覚えている。数日してドンとアンは東京からタイへ旅行した。タイへ出発したのは確か土曜日の午前中で、当時僕は平日だけ住んでいた成田の部屋から成田空港へ見送りに行った。叔父と叔母も見送りに来ていた。ドンは長いことジョン・F・ケネディ空港で管制官をしていた。その時は確か定年で退官して間もなかった頃だったと思う。退官後勤めた会社の同僚に当時から数年前まで大リーグヒューストン・アストロズのスーパースターであったグレッグ・ビジオのお父さんがいることを大リーグ好きの僕に話してくれた。僕の興味あることを覚えていてくれてさりげなくそういう話をしてくれた心配りに感心した。
残 念ながら何年か前に亡くなったドンと会ったのは、その空港での見送りの時が最後であった。長いこと白血病を患っていたのを聞いていたが、亡くなったという知らせを聞いたときは本当に悲しかった。初めて訪れたであろうタイの感想を本人から直接伺うことは出来なかった。きっと今でもこうして思い出されて、ストーリーとして書きたくなるような感想を言ってくれたのではないかと思うと残念でならない。
 空港で長いこと管制官を務めていたドンと当時航空会社に勤めていた僕が最後に会ったのが空港だったというのは単なる偶然だったのだろうか。それも元気に旅先へ出掛けて行く時である。存在するか否かはわからないが、旅の神様のアレンジだったのだろうか。僕の中に残っているドンのイメージは今でもにこやかで元気なままだ。こうしてドンのことを思い出してストーリーを書いているのも旅の神様に動かされているのだろうか。
 ティム(ドンの次男・従姉の義弟)とこの4月に東京で再会した時に名古屋名物の手羽先を食べながら、「Hide, もう随分長いことニューヨークに来てないんじゃない?」と言われた。今の仕事で郊外にある兄弟会社の工場へ3年前に行ったが、マンハッタンへは18年、ロングアイランドへは21年行っていない。ティムに「そうだね〜。もう随分行ってないね〜。ティム、お願いがあるんだけどさ、今度ニューヨークへ行ったときにドンのお墓参りに連れて行ってくれる?」と答えた。
 ティムは気持ちよく承知してくれた。ドンは天国からずっと見守ってくれていると思うがお墓参りで久し振りの再会が実現した時には改めて近況報告をしようと思っている。