

『お会計32万』
韓流ブームの欠片もなく、国際空港が金浦から仁川になりつつある頃、ソウルをよく訪れた。
取引先のM君は同い年。
仕事が終わればこちらが顧客で向こうが業者という間柄が国境を越えた同級生に変わる。
ソウルを訪れる度に仕事が終わるとつるんではよく飲み、よく食べた。
一日仕事を終え、それぞれの同僚も交えての夕食が終わった後、M君が行きつけのバーへ案内してくれた。
カウンターしかないが、ストゥールの位置に合わせて頭上からカウンターにスポットライトが当たっている西麻布あたりにあっても遜色ない雰囲気のお店だった。
オーナー兼バーテンダーは女性。
食事の時にハイトビールと眞露をたっぷりと飲んでいたが、仕事が無事終わり明日は帰国という安堵も手伝ってかM君がキープしていたバランタインの21年を飲んだ。
話が弾みボトルが空いてしまった。
M君にハングルで外国人の僕でもボトルキープできるかを聞いてもらった。
オーナー兼バーテンダーはニッコリと笑い気持ちよく承諾してくれた。
ソウルには年に数回来ていたし、ボトルの期限が迫ったらM君が飲めばいいと思いボトルキープした。
海外にボトルを入れている店があるというのもいいだろうと思った。
今度は僕のバランタイン21年を飲み始めた。
カードで支払いを済ませてM君にタクシーでホテルまで送って貰った。
部屋に戻り、翌日の寝坊が心配になるほどの深酒を反省しつつシャワー浴び、荷造りを始めた。
楽しさ・開放感が手伝って入れたボトルは一体いくらだったのだろうとふと思って急いで控えを確認した。
「320,000」
目に飛び込んできた数字に驚き酔いが一瞬で醒めた。
まさかM君が所謂「ボッタクリ」の店に連れて行くわけはないしとか様々なことが頭に浮かび部屋の中を歩き回りながら様々なことを独り言ちた。
しばらくして、あることに気が付きホッとした。
その金額は韓国の通貨のウオン。
ゼロを一つとれば大体日本円に換算された額になる(当時)。
高級酒をボトルキープしたにしては納得のいく金額だった。
その後、それぞれ転職しお互いに仕事での接点はなくなったがM君とは今でも近況報告は続けている。
僕はその時以来ソウルには行っていない。
数年前M君が東京へ出張してきた。
滞在先は偶然僕の職場の目と鼻の先のホテル。
スケジュールが会わず再会は出来なかったが、M君はフロントに僕へのお土産を託していてくれた。
帰宅して英語とハングルで書かれた免税店の袋を開けるとバランタインの21年が1本出てきた。