

『トラベラーズノートと、私。』
『TRAVELER‘S notebook みんなの投稿』が今春でクローズになる。私の「みんなのストーリー」投稿生活は短命に終わってしまったけれど、掲載いただいた後SNS上にメッセージが届き、そこから会話が拡がる喜びや、自分の言葉を紡いでいくことへの手応えを感じることが出来た。
日頃は旅行計画や旅行中の記録、日常生活の悲喜こもごもをトラベラーズノートに書いてはSNSに投稿しているが、ノートに書くというアウトプットから更に深掘りして文章に再構成し、自分の中にある感情を言語表現に変換することは、限られたノートの紙面上に収まるよう見目良く整理して書くときとは全く異なる苦労と、楽しさと達成感があった。『みんなの投稿』へ応募しようと出し続けていたストーリーのネタのストックはたくさんあるので、ノートに書くこと同様、文章を書くことも続けていきたいと思う。
トラベラーズノートに出会ったときのことを、この頃よく思い返す。
ただ目的地へ出かけて観光して帰ってくるだけでは、訪問地での記憶やその時に抱いた感情が時と共に薄れる一方だから、写真以外の記録を何かで残したいという気持ちが強くて、トラベラーズノートというツールにたどり着いた。
その時の私が持っていた文房具は、初心者用の万年筆1本とアルファベットのスタンプ、マスキングテープ3個。たった、これだけ。初めて手にした革製のカバーにドキドキしながら、見慣れない縦長のレギュラーサイズのリフィルに向かっていた。まだSNS主流時代ではなかったから、使い方は先輩ユーザーさんのブログか『みんなの投稿』を参考にした。『みんなの投稿』を見て、旅先や日常の風景の中にトラベラーズノートを入れて撮ることに憧れ、カッコいい撮り方を真似した。最初は見よう見まねで旅程や目的地までの地図を書き、あとは入場券やレシートを貼り付けて、旅の記録をノートの中に保存していく作業そのものを楽しんだ。海外の街ナカでガイドブックを片手にウロウロするよりも、革カバーのトラベラーズノートを持って歩いていた方が現地在住のちょっとこなれた人みたいに見えて素敵、とも思っていた。
旅程を円滑に進めるためのメモ書きや記録保存媒体として、海外では隙だらけの観光客に見られないようにするための安全対策としても活用し始めたものの、旅先で見たものや感じたことをノート上にどう表現して記録していくか、自己流を体得するまで、ゆうに数年はかかった。
コロナ禍真っ只中の時、自宅で机に向かう時間が激増したことによって、映える手帳デコブームの潮流に乗った私は、好みのシールやマスキングテープ、万年筆に色インクまで諸々の文房具を買い集め、ミニマリストになる夢は、あっさりと潰えた。今、初期のノートを見返してみると、予定の記載と貼りものだけの愛想の無いノートに見えてしまうが、これはこれでトラベラーズノートらしい素朴な使い方だったなと思う。かといって、お気に入りの道具類を駆使して大切な記憶の欠片をノート上でどう表現するかを追求している今の私のトラベラーズノートも好きだ。ちょっと、持ち物が増えすぎたけど。
10代20代の頃は、常に間違ってはいけなくて、物事が正解かどうか、シロかクロか決着を付けることにこだわっていた面があったのだが、トラベラーズノートを書き始めてからは、始めから正解じゃなくてもいいし、間違ったら修正すればいいことを素直に受け入れられるようになった。
海外から大事に持ち帰ってきたレシート類を見開きページにまとめて貼ったら、現地の感熱紙が日本の夏の暑さに耐えられなかったのか印字が完全に消えてしまい、ただの真っ白な短冊形の紙が貼ってあるだけになったページがある。以前の私だったら大失敗だと嘆いて捨ててしまうだろうが、経年劣化の力を借りて面白いページが出来たと思えた。視覚的な記録は消えたが、思い出は自分で書き込んだトラベラーズノートに詰まっている。
文房具というカテゴリーにある1つのツールが、こんなにも過去・現在・未来の私に常に寄り添ってくれるようになるとは、正直なところ思ってもいなかった。文房具売り場のトラベラーズノートコーナーに立ち尽くして、飽きずに続けられるかどうか購入を悩んでいたあの頃の私に、「これを手にしたら、色んなことが素敵に見えて、何でも楽しく思えるような毎日が待っているよ」と、耳打ちしてあげたい。
真新しい革カバーに早速キズを付けてしまいショックを受けた時の私にも、キズが数年先には味になって歴史になることを、そっと教えてあげたい。
何かが終わって、また新しく始まる春は苦手な季節だ。心が落ち着かない。自分は今ここにいるのに所在無いような、地に足が着いていないかのようなフワフワした感覚を味わう。
卒業生や新入学生、新入社員や異動・転職といった人生の節目を迎える人を多く見かけるせいか、特にこれといって変わり映えのしない日常を送っている私は、置いてきぼりにされた時のように心細い気持ちになる。こんな気分の時は、まずはノートを開いてとにかく書いてみるようになった。延々と続いていくように思える平凡すぎる私の毎日も、視点を変えさえすれば楽しいことやワクワクすることが溢れていると教えてくれたのは、トラベラーズノートだ。
今年は、春特有の心のブレが出始める前に旅に出ることにした。ちょっとだけ、いつもの旅とは違う旅。今までは行けなかった場所にもデビューしてみるつもりだ。
新しい扉を開くための魔法の杖代わりのトラベラーズノートを携えて...
それでは、行ってきます。