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【架空のトラベラーズカフェによる魔法の一日】

【架空のトラベラーズカフェによる魔法の一日】

2023/03:STORY
Sally




これはトラベラーズ日記のブログを読んで、自分もアザー・ミュージックという
ドキュメンタリー映画を観に行った時の出来事だ。
上映中の映画館をネットで検索すると、家から近場の映画館2ヶ所が見つかった。
一軒目は自転車で行けるほどの距離だったのだけど、他にも観たい映画が放映中だったので電車で横浜方面へ出向いて、午前中から夜まで映画館に入り浸る1日を過ごすことに決めた。
この映画館はこじんまりしているとは言え、関内駅前の大通り沿いにあるカフェの横の路地をただ真っ直ぐ進むだけなのに、どういうわけかなかなか見つけることが出来ず路地裏で迷子になった私は、運搬作業をしていた通りすがりの業者に声をかけて場所を教えて貰った。
たどり着いた映画館は、街角にある喫茶あづまの横の地下に続く階段を下りてゆく。
開始時間と同時にチケットを購入して、まずは「ワタシタチハニンゲンダ!」という日本の入管施設で起こった外国人死亡事件に関するドキュメンタリーを観た。
賛否両論ありそうな内容なので、ここに感想を書くのは控えるとしてアザー・ミュージックの上映時間まではだいぶ時間が空くので、映画館横の喫茶あづま で食事をすることにした。
もともと、昭和からあるであろうこの古い喫茶店でトラベラーズノートを書くつもりでいたからここを架空のトラベラーズカフェに見立てるために、2023年のテーマの下敷きやらクリアホルダーも持参。



ナポリタンを食べてコーヒーを飲みながら、さっき観た映画の感想などをトラベラーズノートに綴っているとなにやら周囲から5億9千万円の話やら彫師の話題が耳に入ってきた。
顔を上げると、いつの間にかさっきまで向かいに座っていたお客さんはいなくなっていて代わりに左隣も左斜め前も右斜め向かいにも893らしき人物達が座っている。
「あの彫師はダメだな。全然電話に出ない。」
「そうなの?海外に顔料でも仕入れに行ってるんじゃないんですか?」
紺色のジャケットを羽織った年配の男性が、本心なのかその彫師をフォローしただけなのかはわからないがそんな言葉を返した。
いまだにガラケーを持っている一見優しそうな老人が、
「それより、お父さんの調子はどうなのよ?」
「相変わらず管付けたまま入院しているよ。」
ラルフローレンのシャツを着た白髪混じりのダンディーな初老がタバコを吸いながら答えた。
黒いセカンドバックを持った男は、不動産屋でコピーして貰ったようなマンションの間取り図を持ってどこかに電話をかけていた。
私はちょうど店の真ん中の席に座っていたので、ぐるりと893に囲まれるような形になってしまい突然立ち上がって帰る勇気も無く、その場で固まってしまった。
しかし冷静に考えてみると、いまどき893が公衆の面前で一般人に何かするなんてことは考え難い。
こんな場面に出くわすことも珍しいと思い直して、いつも持ち歩いているメモ・情報ノート(軽量紙リフィル)に、
「彫り師、電話出ない」「顔料仕入れに海外へ?」「お父さん、管付けて入院中」などと面白がって会話の一部をメモしていた。

そのうち、場の空気に慣れてきた私は隣に座っていたメガネのおじいちゃんに
「私はまだまだ帰れませんので、窓の端の席に移動しましょうか?」と声をかけた。
(まだまだ帰れない理由=今ここは架空のトラベラーズカフェだし、
次の映画が始まるまで行く所も無いし、、、と、この時は本気でそう思った。)

そこから、座席は移動せずにご一同様と世間話に発展。
「わざわざここの地下の映画館に来たの?マニアックだねー。アナタ映画監督さんなの?」
などと聞かれたので、テーブルに置いていたアザー・ミュージックのチラシを手に取り
「これはかつてニューヨークに実在した伝説のレコード店でありまして、、、」と、説明などしてみたりもした。
ご一同様いわく、近頃またレコードの価値が見直され、売れ行きが伸びているらしい。(本当か?)
テーブルの上に出していたトラベラーズノートの絵も見られてしまい、旅をしながらこのノートに絵を描くことが趣味であることなどもペラペラと喋った。
どうやらご一同様も日本全国津々浦々を訪ね歩いたことがあるらしく、旅話にまで花が咲く。
太平洋と日本海両方に面しているのは北海道と青森だけだという話をしているとラルフローレンダンディーが兵庫県もじゃないか?と言ってきた。(そうだっけ?)
2時間も喋っただろうか。
ジャスティンビーバーがリツイートしたらしい、ピコ太郎にまで話が及んだ頃には日も傾きかけてきて、
「こんな後期高齢者とお喋りする機会なんてあまり無いから珍しかったでしょ?」
そんな一言を残してご一同様は店を後にした。

これは後で調べたことだが、今レコードの売れ行きが伸びていることも、ピコ太郎がいつの間にか海外進出していたことも全部本当でそれこそ後期高齢者の戯言だろう、と適当に聞いていたが
あーいう人達は常にアンテナを張っていて何でも情報が早いのだろう。
私がテレビを一切観ない人間なので知らないだけかもしれないけど、なんだか妙に感心してしまった。



その後、アザー・ミュージックが始まる頃に喫茶あづまは閉店時間となった。
店を出る時「姉さん、お代はもう頂戴してますから!」と言われた。

あの人達はもしかすると過去に何らかの法を犯して服役した経験もあるのかもしれない。
私は反社会勢力の方々を擁護する気はもうとう無いが、管を通して動けない父親の話や、語っていた息子の話を聞くとこの人達もみんな人の子であり親なんだよな、と思わずにはいられない。
裏と表は必ずどこか繋がっているし、どちらかが無くなることはこの世の法則としてあり得ないだろう。



アザー・ミュージックを見終わると夜の9時を過ぎていた。
お腹が空いた私は、いまどき珍しい500円のワンコインラーメンの店を見つけて入ってみた。
オープンして間もなそうな新しい店なのに、店内には大正時代を想わせる古いポスターが
たくさん貼られていてどこか不思議なラーメン屋。ちなみに客は私一人だけだった。
家に着いてから、いつものようにPCの電源を入れYouTube開くと、お薦め動画が表示された。
それは「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」で、
2人がラーメン屋にいると、次々と893ご一同様が入店してきてコショウを振りすぎた加藤茶がクシャミをして、893親分の顔にラーメンを吹く、という毎度おなじみのコントであった。
893とラーメンが今日一日の自分の出来事と被ってしまって笑いが止まらない。
1日サボって映画を観に行っただけなのに、なんてドラマティックな日だろう。
これはきっと架空のトラベラーズカフェによる魔法のせいかもしれない。
肝心の映画の感想が一切なく、申し訳ありません。


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すべて私事だが、過去に行ったクルーズ船のことや、中国の武漢へ行った時のこと、
B‐sides & Raritiesが発売された時ジャバラに「567とwatashiの一年間」を面白おかしく綴ったこと、
周年記念缶のテーマを予想して、妄想の宇宙旅行をしてしまったこと、青春18きっぷの旅、
コロナ以降トラベラーズノートの使い方が随分変わったことなど、
投稿したい話題がまだまだたくさんある。
実は、この「みんなの投稿」にきちんとした形で投稿したいがために
小さな出版社の文章学講座を受けたりもした。
だから「みんなの投稿」が無くなってしまうのはとても残念です。
インスタは長文を書き辛いし、ネタばらしすると私はSNSがあまり好きではない。
またいつかどこかでトラベラーズノートとの物語を、トラベラーズファクトリーの関係者方々に読んで
頂けるような場所があったら嬉しいです。
最後に、みんなの投稿をラジオ番組に例えるのがとても素敵だと思いました。
今までどうもありがとうございました。