

『旅とテディベア』
旅先での出会いは、全て一期一会だ。
私が国内外を旅するとき、滞在先にその専門店があれば必ず覗いて、運命の出会いがあれば連れて帰ってくるものがある。
人生初の海外旅行の地フランスで、うさぎのぬいぐるみを買ったことがキッカケだった。せっかくはるばる来たのだから、いかにもなお土産品以外で記念に残せて、日常に溶け込むようなものを探していた。衝動買いに近かったのだが、急きょ旅の仲間に加わったうさぎと一緒に残りの日程を旅して帰宅したとき、このうさぎも旅先の光景を見て、かの地の空気に触れていたのだと思ったら、思い出が詰まった特別なぬいぐるみになった。日常生活の中で、ふと見たり触れたりするだけで旅の記憶を呼び起こしてくれる存在。今でも、部屋のインテリアの中の一等地に飾っている。
以来、日本国内でも海外でも、事前に調べておいたドール専門店や、テディベアの取り扱い店を訪れては気に入った子を連れて帰るようになった。大切な旅の記憶の鍵として。
元々テディベアが好きなこともあって、「好みのテディベアを捕獲して帰ること」を旅の主要目的の一つにすることもある。それを実現させたのは、イギリス・ロンドンとドイツ旅行だった。
ロンドンへは、メリーソート社とハロッズのテディベアを必ず買うつもりで旅に出た。
メリーソート社には、故エリザベス女王陛下がその顔を見て「生意気そう」と仰ったことでチーキーと名付けられた特徴的な顔立ちのベアがいるし、百貨店のハロッズにはテディベアが住んでいるという逸話があるくらいなので、日本でも入手可能なものではあるけれど、やはり本国でたくさんの種類のベアの中から厳選した選抜メンバーを連れ帰る意気込みだった。
ロンドン滞在中、半日をテディベア探しの時間に充ててメリーソート社の売り場を探したが、観光スポットのお土産もの店に1体か2体、飾りのように置いてあるのを見かけるだけで、代表的な百貨店のリバティでもフォートナム&メイソンでも、ハロッズでも見当たらない。それならばイギリス最古で最大の規模を誇る老舗玩具店ハムレイズならあるだろうと行ってみたが、無い。たまりかねて調べてもらったら、ロンドン市内では大々的に取り扱っている店舗が無かった。空港とホテル間の送迎をお願いしていた現地在住日本人の方にも聞いてみたところ、個人の見解ではあるが「愛玩用ではなくコレクター品のようなテディベアを買う財力のある人はイギリスでは一部の階級の人くらいで、最大のマーケットは日本」とのことだった。日本の百貨店で開催される英国展や英国フェアでメリーソート社のベアがたくさん並んでいるのは、そういうことだったのか?と思った。特にコロナ禍以降は、日本国内でもテディベア専門店の閉店が相次いだ。物価高騰で日常生活が大変になると趣味や嗜好に費やす財布の紐が硬くなってしまいがちだが、「人はパンのみにて生きるにあらず」と日々可愛いものに囲まれ癒やされながら生きている私にとっては、悲しい展開である。
メリーソート社のテディベアを本場で購入することは諦め、ハロッズのベア(その年のYear Bear)をヒースロー空港内の免税店でお迎えした。免税価格でお得に買えたことにもほくほくしながら、機内でも大事に抱えて帰国した。
しかし、羽田空港から名古屋への国内便に乗り継ぐ時の手荷物検査で、このハロッズベアが引っかかったのだ。X線検査で何か怪しい影が写ったのか、ぬいぐるみの中に隠す手口が横行しているのか、ベアが別のX線検査機の方へ連行され、私も何度も質問を受けた。クリーンエリアで買ったものだし、悪いものが仕込まれていることはないはずだが「知らないうちに運び屋にされていたのでは?!」と、段々顔が青ざめてくる。他の搭乗客の訝しげな視線が痛い。何度目かの検査で無事に返してもらえたが、テディベアのレントゲン写真を初めて見た。そして、このように保安検査場の人は日夜、日本に悪いものが入ってこないよう守ってくれているのだなあと実感した経験だった。
それから数年後。シュタイフ社やハーマン社等の有名メーカーを擁するテディベア大国ドイツへ、空のスーツケースを余分に持って出かけた。行く先々にメルヘンの国そのものの可愛らしいテディベア専門店があるので、自分の物欲と予算・スーツケースの空き具合との戦いになることは分かり切っていたからだ。
ヨーロッパの古き良き時代をそのまま留めたかのような石畳の旧市街を歩くことも楽しみつつ、視線はギラギラとテディベア店を探していた。一歩店に入れば、そこはもう、おとぎのベアワールド!あちこちから、可愛いモフモフ達からの視線が私に集まってくる。ぐるりと店内を見回してから、棚に鎮座する暴力的な可愛さの塊を冷静に1体ずつ眺めていく。お店の方がオススメを紹介してくれることもあるが、申し訳ないと思いつつも一旦は聞き流して、直感が告げるのを待つ。つぶらな瞳と私の目が合い、何か強く訴えかけてくるように思えるもの、理由は何故だかよく分からないけれど「とにかく、この子だ!」と一瞬で確信が持てたとき、運命の出会いだと思ってお迎えするのだ。どんなに可愛いベアがたくさんいても、この「ビビビ」的な何かが起こらないときは購入しないようにしている。ドイツでは、2体のベアを連れて帰国することになった。
それにしても、この「ビビビ」って上手いこと言ったものだなと心底思う。判断が必要なときに、またはそれを無自覚な状態にも関わらず、対象物を目にした瞬間、確かに一瞬電気が走ったかのような、閃光が見えたかのような、第六感が反応しているような得体の知れない何か強い感情が湧き起こることは、私は主に対テディベアで体感しているが、相手が人間で起こる人もいれば、それぞれの趣味嗜好の矛先でそれぞれの「ビビビ」があって、きっと皆もその一瞬で決断を下すことは一度や二度ではないのだろう…と、感慨深く思ってしまった。私だけだったらゴメンナサイ。
この「ビビビ」現象だが、直近では昨年2022年春の神戸旅行中に起こっている。
舶来物が集まるオシャレな港町・神戸には、アンティークドールやテディベアの専門店が多い。街歩きの行程に、ドール専門店を覗くことを入れていたので数軒見ていたのだが、元町のお店に入った瞬間、所狭しとディスプレイされたテディベアの中から、パッと目に留まった子がいた。特別にこの子が大きかったわけでもないのに、この子だけが際立って見えたのだ。同じ現象が、一緒にいた母にも起こっていたのだが、お互い無言のままで小ぢんまりとした店内のベアを眺めた。他にも可愛いと思うベアはたくさんいたのだが、どうしても一番最初に見た子が気になってしまう。可愛いが凝縮されたかのような店内に半ば窒息しかかっていたので、脳に新鮮な空気を送って冷静に考えようと、母に目配せして一旦店外に出た。お店から少しだけ離れたところに三角州のような小さな広場があり、そこで「せーの」で気になったテディベアを同時に言ってみることにした。一致。
お店に戻って今度はその子だけを見てみることにしたのだが、再度お店に入った瞬間「やっぱり、買います!」と言っていた。
その子は、【いちご展】というイベントのために出展されていたテディベア作家さんのベアで、いちごの刺繍のエプロンドレスを着て、ボンネットを被っていた。私が可愛いと思う全てが詰め込まれているようなベアだった。名字は神戸の旧地名から、名前は一期一会ともかけて「神戸(かんべ) いちご」と名付けた。私は、お迎えしたテディベアやぬいぐるみに、全て名前を付けている。
通称・いちごさんは目を引く愛らしさなのに、テディベア愛好家がたくさん来場するイベント会期中にお迎え先が何故決まらなかったんだろうと、疑問に思った。ひょっとして私が神戸に行くまで、ずっと待っていてくれたのでは?これには、思い当たる節があった。この神戸旅行、前々から計画していたものではなく、急に思い立って決めた旅行だった。神戸行きを思い付いたときに、宿泊先を予約していたので予約手続きをした日付を調べてみたら、いちごさんはすでに神戸にいた。イベント中は、滲み出る可愛いオーラを消したり気配を殺したり、渾身の変顔でも披露して手に取られないように健気に頑張っていてくれたに違いない。私は、いちごさんに呼び寄せられて神戸に向かった気がしてならない。
こうしてコレクションしたテディベアはどれも優劣を付けられないくらい気に入っているが、いちごさんはその中でも別格のお気に入りベアとなった。コレクターボードの中に飾っておくだけでは物足りなくなり、2022年は箱根に2回と伊勢志摩旅行にも連れて行った。旅先では良い被写体になってくれたし、見た目も超絶可愛いので立寄る先々でお店の方や他の旅行者に声をかけていただく機会も増え、トラベラーズノートと共に私の旅の相棒になった。【旅するテディベア】の爆誕である。
トラベラーズノートを手に旅をしているとき、同じノートユーザーと出会って会話を楽しむという憧れのシチュエーションがあるのだが、未だ実現には至っていない。私にはトラベラーズノートとテディベアが同行しているので、きっと見つけてもらいやすいと思う。いつか何処で、声をかけてくれる人がいたら嬉しい。
旅するテディベア・いちごさんと紡ぐ旅の物語は、まだ始まったばかりだ。