

『記録が残らなかった記憶に残った旅』
2019年5月の香港再訪について書き始めた話がここに載ったのは同年7月。毎月連続で書いてしまうつもりでいたが、途中別の旅先の話などを間に挟んでいたら2020年の11月になってしまった。長い滞在になってしまった。そろそろ香港を後にしようと思う。
帰国当日、客層も客あしらいの変わり樣にショックを覚えたペニンシェラのThe Lobbyでお茶を飲み、宿泊先のホリデイ・イン・ゴールデンマイルに戻って身支度を整えた。
エアポートエクスプレスに乗る最寄りの九龍駅までは、これも到着時と同じく、ホテルを巡回している無料のバスを使った。ホテルから九龍駅まではタクシーで5、6分といったところだろうか。しかし、無料であることに負けてこのバスを再び使うことにした。
いくつものホテルを経由して九龍駅に着いた。乗車してから30分以上はバスに揺られていた。滞在中通らなかったところの景色を眺められたが、安さと引き換えに貴重な自分の時間を差し出した気がした。
到着時に確かめた通り利用したLCCは九龍駅ではチェックインできない。スーツケースを引きずってエアポートエクスプレスに乗り込み、乗車中はスーツケースを納めた棚から目を離さないようにした。いつもは手荷物を膝の上に置いてのんびり乗っていたのに。ここまでで結構疲れを感じていた。
利用したLCCの成田行きの便数は日に1本だけ。何本もの便数を抱えているメガキャリアのようにチェックインカウンターに職員は常駐していない。ちょっと早く着いてしまってもチェックイン開始時刻まで職員が現れるのを待つしかない。ここでもLCC・・・格安で来たことを思い知る。
香港好きのトラベラー各位に向けて改めて書くこともないと思うが、LCCなのでご想像の通り出発ゲートまでかなり遠い。都内で地下鉄二駅分くらいの距離を歩くくらいの長距離徒歩移動を空港内で強いられた。やはりLCCだと思った。その時間を見越して15時45分出発のフライトに乗るためにホテルを11時にチェックアウトしてバスに乗ったのだ。
出国手続きの際に、さらに疲労を感じるような、とてもガッカリしたことがあった。入国時のパスポートへのスタンプが省略されていたことは前に書いたが、出国時のパスポートへのスタンプも省略されていたのだ。
以前は係員に搭乗券とパスポートを見せて、手荷物検査を経て、出国審査だった。しかし、現在は搭乗券とパスポートを係員に見せると専用の機械を指さされ、その機械の上にパスポートをスキャンするように乗せるだけだった。そしてそのまま手荷物検査へ。えっ、まさか?と思ったがパスポートへのスタンプ捺印はとうとうなかった。
何だよ、これ?と思わずにはいられなかった。パスポートに出入国のスタンプが増えていくのは、トラベラーとしての自分にとって、この上ない喜びなのである。ずっと海外の旅の楽しみのひとつでもあった。ここはトラベラー各位には頷いていただきたいところだ。
調べたところ、香港でパスポートへの出入国のスタンプが廃止されたのは2013年の3月からとのことだった。出入国業務の効率を上げるためというのが理由だ。この旅の前に香港を訪れたのは2012年の11月末だった。スタンプ廃止に向けてカウントダウンが始まっていた頃だったのだ。
パスポートにある香港出入国のスタンプを集めてみました。左から返還前、返還後CLK空港になって間も無く、そして21世紀に入ってから。返還後も「中国」とは入っていないので一国二制度は守っているとのことなのでしょうか。
この旅では成田での出入国のスタンプだけがパスポートに残った。老後にこのパスポートを見てどこへ行ったときのものか思い出せればいいのだが。
本当にこれだけでした。日本もスタンプを省略する日が近いかも。
以前は出国時に回収されたDeparture Cardはパスポートに挟まれたままである。Landing Slipも一緒に挟んである。これらを回収しないとまだ香港に滞在していることになってしまうと思うのだが・・・。
パスポートを機械に通すだけで、スタンプも書類の回収も不要になったのか?・・・いや、搭乗直前に搭乗券を渡してパスポートをチェックされるときに航空会社のスタッフによって回収されるのだと思い直した。
搭乗ゲートにいたスタッフにDeparture CardとLanding Slipを見せながら尋ねた。どちらも処分して構わないという返事だった。出国手続きが済んだ時点でどちらも不要となるのだった。香港滞在中は要保管だったがどちらもただの紙屑となる。これには驚かされた。
帰国したらこの旅の記録となるトラベラーズノートのリフィルに貼ってこのことをしっかり書き留めておこうと思った。「処分する」という発想はなかった。というか、そう思いすらしなかった。パスポートに出入国のスタンプが捺されないので、公式の「訪れた証」で手元に残るのはDeparture CardとLanding Slipしかないのだから。
気になったのでインターネットで調べてみた。やはりいた。自分のパスポートにステイプラーでLanding Slipを留めている人が。
その気持ちは痛いほどよく分かる。ただLanding Slipはパスポートに残るべきものではない。その次の香港もしくは他国への出入国の際にトラブルにならないことを祈るばかりである。
Departure Card(左)とLanding Slip(右)。両方とも手元にあることにいまでも違和感を覚えています(苦笑)。
交通手段の手配、宿泊先の予約などこれまで対面で行われてきたものがオンラインで出来るようになって久しい。オンラインでの手配もパソコンからだけではなく、手元のスマートフォンからも可能だ。空港でしていたチェックインも事前にスマホでできる時代になった。
パスポートにICチップが格納されたカードが組み込まれて久しい。専用の機械に当てれば係官が必要とする出入国手続きのデータは全て出てくる。恐らく出入国の可否はコンピューターが判断し、係官はモニターを凝視しているだけなのだろう。紙の書類もスタンプも不要となるわけだ。
パスポートそのものもアプリになりスマホに収まるようになる日ももうそこまで来ているのだろう。自分が知らないだけでもう既にどこかで始まっているかもしれない。
利用者側の出入国の記録もデジタル化されたアプリの中に。はっきりとした訪れた証が手元に残るような、残らないような・・・。世界的にそのような方向へ向かっているのではないだろうか。
これまで当たり前だったものが効率化という名の下でどんどん省かれていく。パスポートのスタンプのように、非効率に映るが、トラベラーとして省かないで欲しいものまで省かれていく。
入国審査の際の係官からの質問も最近はほとんどなくなった。これも全くなくなる方向へ進んでいるのだろう。パスポートを手に列に並びながら何を聞かれるのかと、後ろめたいことは何もないのに、何度経験してもドキドキしてしまうあの感覚。ちょっと間が空いて係官がポンポンと音を立てながらスタンプを捺し始めた瞬間にホッとするあの感覚を味わえなくなる日も近そうだ。
5歳のとき初めて手にしたものを初め歴代のパスポートから現在使用中のパスポートと愛用のトラベラーズノート。「パスポートサイズ」が通じなくなる日がそこまで来ているかも・・・。
搭乗機は予定より少々遅れて成田に着いた。借りていたWi-Fiのルータを返却しても自宅の最寄りのJRの駅までの直通バスの最終には間に合いそうだった。
入国手続きを終えて進む先は税関。申告するものはなかったが、ない旨を申告書に書いて提出しなければならない。そのことをすっかり忘れていた。通常機内で配布され、記入する時間が十分あるのだが、乗務員は回ってこなかった。その場で書類に記入しなければならなくなりバスに間に合わなかった。
これまで当たり前だったものを省きに省いて価格に反映させてきたLCC。省いてはいけないものを最後に省かれてバスより高くつく電車で帰ることになった。最後の最後まで「安かろう悪かろう」を思い知らされた旅だった。こうして振り返ることができて話にできる旅となったのでトータルで思い出に残る旅となった・・・としておく。
・・・というか、しておきたい。
追記:
1.この香港再訪の旅に関してはこれまで「初めてと久しぶり」「旅先で食べたもの・15」「変わらない」「初店」「蝦蛄(シャコ)」「Good Old Days」「Barにて・5」「ここまでも・・・」というタイトルで書きました。未読の方は是非。
2.この2月より過去に「みんなのストーリー」に掲載していただいたストーリーを古い順番に一日一話ずつnoteで展開しています。興味のある方は以下URLよりご笑覧ください。
https://note.com/nostorynolife
「おとなの青春旅行」講談社現代新書
「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿