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『訪れた証・8』

『訪れた証・8』

2019/04:STORY
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 寒の戻りがあった三月の週末に航空会社に勤めていたころの後輩と再会した。料理が美味しくお酒の種類も豊富な神楽坂にある行きつけのパブへ案内した。このパブは2012年にイギリスを当時約20年振りに再訪したあとで、ギネスが美味しくて、しっかりしたフィッシュ&チップスを都内で食べたくて探し当てた。そう、以前書いたイングリッシュ ・フル・ブレックファストとコロネーションチキンの話にも出てきているパブだ。
 美味しい料理とお酒で話が弾み、行き交う人たちがはっきり窓越しに見えた見番横丁がいつの間にかすっかり暗くなっていた。楽しいひとときの中での話題はお互いの近況や昔話が主だった。話の中で後輩が発した懐かしい名前を受けての私の答えに、後輩は私の記憶力に驚いていた。
 2012年のイギリス再訪の一番の目的はお墓参りだった。ご無沙汰していた約20年の間に学生の頃コルチェスターでホームステイをさせてもらったお家のおばさんが亡くなった。次のイギリス再訪の際は、ロンドンを拠点としてコルチェスターまで足を延ばしてお墓参りをしようと思っていた。その20年の間に自分も父親を初め親しい人たちとの別れをいくつも経験していたので自然とそういう考えになっていた。
 おばさんとは絵葉書のやり取りを亡くなるまで続けていた。おばさんが亡くなったことを知らせてくれたのは当時まだお会いしたことがなかった娘さん(おばさんの長女)だった。おばさんが亡くなったあとはその娘さんと絵葉書の交流が始まった。
 お墓参りのとき初めてお会いした娘さんには妹さん(おばさんの次女)がいた。妹さんに「私もお姉さんのように日本や海外から絵葉書が欲しい」と言われ、以来妹さんとも絵葉書のやり取りが続いている。ここ何年かはSNSでの交流も。
 その娘さんたちの協力を得てお墓参りをすることができた。お墓参りをすることは叶った。お墓の前で日本式に手を合わせてしばらく佇んだ。こちらから心の中で一方的に話しかけるだけの再会になったことが残念だった。
 お墓参りが最大の目的であったこの旅では以下順不同で、①パブ巡り②アビーロードの横断歩道を渡る③トラベラーズノートのスタッフが堪能したソルトビーフのベーグルを食べる④本で読んだ老舗のホテルクラリッジズを訪れる⑤大英博物館でミイラを見る⑥デパートのハロッズを訪れる⑦バスでの市内観光⑧Hard Rock Cafeの第一号店を訪れる・・・を計画していた。あえて時間を割いてまで目的にしようとはしなかったが、旅の途中でいいものに出逢えたらと常に思っていたのがスノードームだった。
 振り返って見ると、スノードームを集め始めたのは1992年にロンドンを再訪した後しばらしくしてシカゴを訪れたときからだった。ロンドンにもきっといいものがあったに違いない。どうしてもっと早く気がつかなかったのだろうと何度悔やんだことか。最初に手に入れたイギリスのスノードームは都内の英国展か何かで買ったロンドンのものだった。


都内で手に入れてイギリス再訪に想いを馳せさせてくれたスノードームです。


 予定を楽しみながらも街を歩いているときはいつも頭の片隅でスノードームを意識していた。絵葉書や帰国して配るお土産を探しにCOOL BRITANNIAというお店に入った。ユニオンジャックがついたありとあらゆるお土産ものが広いスペースに綺麗に並んでいた。見ていて飽きないほどの品揃えであった。そこで半日過ごせそうなほどだった。しかし、半日過ごしたらかなり散財してしまうことは明白だった。
 スノードームもしっかりあった。見つけたときは万歳したくなるほど嬉しかった。やはりスノードームは旅の記念やお土産の定番なのだと改めて知った。種類も豊富だった。スノードーム蒐集のきっかけとなった故百瀬博教さんと故安西水丸さんがお元気だったら、ロンドンならここにスノードームがありますよと伝えたくなるくらい豊富だった。全種類一つずつ欲しかったが日本へ持ち帰ることと予算を考慮して厳選した。
 街中で見つけられなかったら、あとは帰国便に乗る際の空港しかないと思っていた。歴史あるヒースロー空港とはいえ、お土産もののショップにスノードームがあるとは限らなかった。購入を決めたものを手に会計の列に並んでいるときに嬉しさと安堵が入り混じった気持ちになった。


ロンドンで見つけて厳選して入手した二つ。台座は同じですが、中の建物の大きさによってドームの形状を変えているところがいいです。名称がスノードームではなくなぜかスノーストーム(笑)。


 帰国の際のヒースロー空港で、搭乗までの時間潰しで立ち寄ったお土産もののお店にもスノードームがあった。スノードームは全てプラスチックの小ぶりのものほうが、見かけは安っぽいが、どちらかというとお土産ものらしくて好きだ。COOL BRITANNIAで見つけたものはドームの部分がガラスのものだけだった。空港で見つけたものは全てプラスチックのものだった。おそらく機内に持ち込まれる液体の量と安全性(ガラスなので)を考慮してのことなのだと察する。
 2012年はロンドンオリンピックの年でもあったのでオリンピックのものも入手できた。帰国直前で旅の神様が微笑んでくれた気がした。日本から遥々コルチェスターまでお墓参りに行ったご褒美を旅の神様がくださった・・・と言ったら少々買いかぶり過ぎだろうか。


お土産感・記念品感が出ているのはこのプラスチックのタイプですね。
中が絵なのが少し残念ですが・・・(苦笑)。




ロンドンオリンピックのもの。裏面に磁石が付いているタイプのものです。
やはりスノードームではなくスノーストーム(苦笑)。米語と英語の違いなのか?



 旅先で自ら入手したスノードームは、帰国して一振りするたびに楽しかった時間のその旅先に連れて行ってくれる。ドームの中で雪が舞い降りるのに合わせて楽しかった旅の思い出がゆっくりと蘇ってくる。お土産でいただいた未踏の地のスノードームも、一振りするたびにその未踏の地へ想いを馳せさせてくれる。全てスノードームの魔法なのかもしれない。
 この話の完成の見通しが立ったところで、手元に並べたロンドンで手に入れたスノードームの中から適当に一つ選んで一振りした。はらはらと雪が舞い降りるのを眺めながらウイスキーのグラスを片手にクールダウンをした。一振りを何回か繰り返して落ち着いてきたときに、コルチェスターのホームステイ先のおばさんの顔が目に浮かんできた。おばさんの話声も聞こえてくる気がした。交わした会話の内容も思い出された。コルチェスターのものを何か探して手に入れておくべきだったなあと思った。学生時代の夏休みを過ごしたところでもあり、お世話になった方のお墓参りで訪れたところでもあるからだ。手元にあればこれ以上のコルチェスターを「訪れた証」はない。
 コルチェスターのスノードームを娘さんたちに頼んであるかないかだけでいいから調べて欲しいと頼もうと思った。しかし、すぐに思い直した。親切な姉妹はきっとコルチェスター中を探し回って見つけて日本へ送ってくれることになる。私よりもずっと年上の女性二人にかなり負担をかけてしまうのは心苦しいからだ。探してもらうことを自重して次の再訪の目的にすることにした。再びのお墓参りとスノードーム探し。是非実現したい。
 神楽坂での後輩との楽しい再会の帰り道、交わした会話をほろ酔いの中で思い起こしていた。そういえば、その後輩が以前研修先のアトランタからメールをくれたことがあった。”街で素敵なスノードームを見つけました。お土産にしようと思いましたがやめました(笑)“とメールにあった。海の向こうからいつもの調子でからかってきた。まあ、元気で何よりとそのときは思った。
 後輩は私がスノードームを蒐集していることを昔から知っている。ここに書いている旅のストーリーを以前から毎回読んでくれてもいる。どうやらまたアトランタでの研修が近々控えている様子だ。アトランタは私にとっては未踏の地。アメリカを代表する都市の一つなので素敵なスノードームの宝庫かもしれない。
 次の再会では元気な姿とともに、「アトランタを訪れた証」で私を喜ばせてくれそうな気がしないでもない。元気な姿と「アトランタを訪れた証」のどちらが楽しみかは書かないでおこう。ふと目をやった手元のスノードームに映った自分の顔が少しだけ意地悪に見えた。


追記:
1.2012年のイギリス再訪時のことはこれまで以下のタイトルで書い てきました。
 未読の方はどうぞご笑覧ください。

再会・4
本を読んで・3
3,000円のベーグル
レコードジャケットに想いを馳せて
右肘、左肘・・・?
旅先で食べたもの・8
Chinatown(旅先で食べたもの・5)
訪れたら証?
旅先でも


2.後輩を案内した神楽坂のパブに関しては以下の話に書いています。
 興味のある方はトラベラーの嗅覚を頼りに辿り着いてください(笑)。

朝ごはん
さんぽみち
知らなかった・・・



「おとなの青春旅行」講談社現代新書