

『遠出・4』
昨年末に作家・伊集院静さんの出版記念サイン会に行った。事前に整理券が配布され、限られた人数に対しての会だったが、自分の順番が回ってくるまでに随分と待った。それは、伊集院さんが会にやってきた人達一人一人に丁寧に接していたからだった。ある人は記念写真をせがみ、ある人は友人と連れ立ってやってきて、常連なのだろうか、話し込んだりしていた。そんな僕も、行きつけの酒場が伊集院さんの東京での定宿の近くにあるので、酒豪でも有名な伊集院さんに、会の雰囲気も手伝って、初対面ながらその話をした。伊集院さんが著書に僕のためのサインを書き終わった後で、本を開いたままで話をしていたため、話の後に「飲み過ぎないように」と為書きに添えてくださった。酒豪でお酒にまつわる武勇伝には事欠かない伊集院さんに「飲み過ぎないように」と書いていただいたのは可笑しくもあり、何だか嬉しくもあった。作家のサイン会は初めてだったが、いいものだなと思った。
このサイン会が切っ掛けで伊集院さんに親しみを覚え、伊集院さんのウェブサイトをチェックするようになった。ある日ウェブ上で、県立神奈川近代文学館で「作家と万年筆展」が行われていて、伊集院さんも愛用の万年筆と生原稿を出展されているのを知った。
一日平日に休みを取り、鞄にトラベラーズノートと読みかけの沢木耕太郎著「貧乏だけど贅沢」を放り込んで、県立神奈川近代文学館まで出掛けて行った。読みかけのその本が旅にまつわる対談集であったことと、石川町までの京浜東北線は、ゆっくりと座ることが出来た一時間強の電車での移動だったので、ちょっとした小旅行の気分になった。本の区切りのいいところでふと顔を上げて車窓に目をやると、見慣れない景色が広がっていて、小旅行の気分が高まっていった。関内の駅を電車が抜け出すと、ハマスタ(横浜スタジアム)が目の前に広がった。ここも今年は中畑清新監督で盛り上がるだろうと思っているうちにハマスタが小さくなっていき、車窓から消えた。
石川町に着いて、県立神奈川近代文学館までは元町を歩いて抜けて行った。元町に来たのは高校生の時以来だった。元町の商店街は老舗と新顔のお店が上手く共存しているように見えた。アーケードをわざわざ設けていないが、各店の軒がそれぞれ買い物客達が雨を凌げるくらいに丁度良く伸びていた。アーケード街とショッピングモールに慣れた目には新鮮で、その然りげ無さが粋に映った。高校生の時にここに来たのは、家族で中華街へ食事に来たついでであり、この商店街でセーターを買って貰ったのを歩きながら思い出した。
いろいろと思いを巡らしながら歩いていると、あっという間に港の見える丘公園の入り口に着いた。ここからやや急な階段を上り、呼吸を整えつつ左手に海を見ながらしばらく歩くと、正面に県立神奈川近代文学館が見えてくる。海上に外国船が行き来する景色を期待していたが、工場の煙突や貨物船ばかりで少々拍子抜けしてしまったが、空が大きく、普段味わえない開放感があったので、よしとした。曇り空だったけれど・・・。
場内は節電のためと、展示物を傷めないようにしているためか、照明が絞ってあり、少々薄暗く感じた。館内には名立たる作家達愛用の万年筆と生原稿が並んでいた。気が付くと作品を読んだことのある作家のものの前に立っている時間が不思議と長くなっていた。特に、伊集院さんのところはもちろん、池波正太郎、開高健、向田邦子のものの前ではガラス越しにその生原稿までじっくりと見てしまった。万年筆は作家の商売道具であるためか、それぞれ個性的で、こだわりがあり面白かった。僕も普段、ストーリーの下書き、絵葉書や手紙を書く際には万年筆を使う。約9年前に再就職の記念に買ったペリカンのスーベレーンM800、5年前に久々に台北に行った時に成田空港で買ったモンブランのマイスターシュテュック145、このストーリーが1年続いた記念に4年前に買ったモンブランのマイスターシュテュック146(これは故百瀬博教さんが生前愛用していたものと同じもので、キャップがスターリングシルバーのもの。百瀬さんのものは、現在はフランス文学者の鹿島茂先生が形見としてお持ちになっている)の3本を愛用している。この展示を観ながら、自分の万年筆達をもっと大切にして一日でも長く使おうと思った。
展示を観終わって駅まで戻る際には、あえて裏道を歩いてみた。途中に雰囲気があり、感じのいい居酒屋でもあれば、川本三郎さんや吉田類さんを気取って入ってみようと思ったが、酒飲みの嗅覚に引っかかる酒場は見当たらなかった。
平日に休むのは心苦しところが多々あるが、平日に空いている美術館等を訪れてゆっくりと鑑賞していると、出掛けて行く前後も含めて、リラックス出来るとともに、日常生活がちょっと豊かになった気がする。このちょっとした豊かさが積み重なって行くと、人生が豊かになってくるのではないだろうか。
帰宅してから、館内で購入した絵葉書に、その日がどれだけ有意義な一日だったかを、友人達に万年筆で書いた。こういう遠出は僕にはとても大切であり、必要である。