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堅茹で卵の憂鬱

堅茹で卵の憂鬱

2011/11:STORY
HIRO

 

今では全く聞かなくなってしまったが、かつてボクらの世代や、もっと上の世代が憧れ、真似をしようとした生き方。
ある人はそれを映画で観て影響され、ある人はそれを本で読んで影響された。
それが「堅茹で卵」である。直訳しただけだが、そう「ハードボイルド」というやつだ。
全然面白くない....ではなく、元来の意味はそうなのだ。





ボクは本だった。
レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」や「さらば愛しき人よ」である。
何度も買い直し、読み返しを繰り返している。
主人公は私立探偵フィリップ・マーロウ。実にカッコよく、憧れた。
定義なんてものはないのかも知れないが、やたらタフで、冷酷非情、感傷に浸ることもなく、淡々と仕事をこなし(大抵、凄腕である)、どんなピンチの時でも軽い口を叩く...みたいな感じだろうか。しかしマーロウには優しさがある、女性も好き、そこがいい。

「タフでなければ生きて行けない、優しくなければ生きている資格はない(プレイバック)」や「さよならを言うのは少しだけ死ぬことだ(ロング・グッドバイ)」なんていうセリフをさらっと言っちゃうあたり、当時のボクはシビれたのだった。
もちろんそんなセリフ言えないし、言う場面もないし、実際に普段から言っていたら社会(日常)生活をする上でかなりの支障をきたすことになる。友人や家族を失いかねない。
...でも憧れていた、フィリップ・マーロウに。映画では「カサブランカ」のハンフリー・ボガートなんかはその代表的なもので、トレンチ・コートにバーボンウイスキー、そしてハットにタバコといった小道具は不可欠。よく目にする、おじさん世代がタバコを吸うときにタバコを人差し指と中指の股に深く挟んで口を覆うように吸うスタイル、あれは紛れもなくボギーの真似である。
お酒もアメリカだからバーボンなのだが、イギリスならスコッチと言ったところか。

こういう主人公がバーの片隅で一人でバーボンを飲む(決してハイボールであってはならない。ストレートかロック)シーンに、主人公が飲むバーボンの隣にトラベラーズノートがあったらどうだろう?
バーボンを飲みながら、そっとトラベラーズノートに手を伸ばし、仕事の確認を......う~ん、ダメか....
仮に広げたトラベラーズノートが色ペンなどを使って綺麗に書かれていたら、それはそれで違う気がする。書くなら黒かブルーブラック一色で、リフィルは一つだけで(クラフトなんかがいい)、殴り書きのように、ごちゃごちゃ書いてあればまだいいが。

大体において、ハードボイルドな人はメモなどしないし、ノートも持ち歩かない。
メモを渡されても読んだらその場で燃やして灰皿の中だ。
そういう人はToDoリストが全部頭の中に入っちゃっているのだ。そういう事になっている。
ハードボイルドの条件の一つは
「思ったこと、やるべきことを確実に素早くこなす」
というのがある。
しかし、そんなに全部頭の中に入るわけではないし、忘れちゃうことだってあるかも知れない。
だからノートは必要だと思う、デジタル機器ではダメなことだってある。
そして次を考え、思いついたことは書き留める。なんてことをつい考えてしまう。
優しい書き味で、無骨、でも雑に扱ってもタフなノート。
これは絶対に分厚い皮のトラベラーズノートしかない、と思う。
このノートに少しばかり、フィリップ・マーロウやボギーやヘミングウェイの匂いを感じる。
彼等のイメージに(かちっ!)とはまる。
そう、ノートそれ自体が「ハードボイルド」な雰囲気なのだ。

しかしそんな無骨なノートだが、女性が持ち歩くととてもキマる。
何というか、「優しく収まる」感じで実にカッコいい。
まるで自分専用に特別にあつらえた服を着ているように「ぴたっ」とキマっているのだ。

今では「ハードボイルド」なんていう言葉は使い古され、死語になったかも知れない。
大体においてカタすぎるし、カッコつけすぎな感じがする。
自然ににじみ出るカッコよさが、カッコいい。
「堅茹で卵」は何処に行ってしまったのだろうか?
でも少なくともボクの中にはそういう言葉では括れないが、似たようなモノは確かに生きている。
会社勤めをしている以上、ある程度タフじゃなければ続かないし、人には優しくありたいとも思う。
でもそれは「ハードボイルド」でも何でもない。
今はカッコいい生き方をしているカッコいい人はたくさんいるし、ボクは残念ながらそういう類の人間ではない。
言葉やスタイルとしてのハードボイルドは遙か遠い世界になってしまったが、トラベラーズノートはいつまでもこのままの、無骨で温かく、優しく気取らない世界を保って欲しいと思う。

こんなことを書くと、何処かで「堅茹で卵」は頭を抱えてしまうかも知れない。