

『区切り』
遥か遠い昔の出来事のように感じるが、相撲界を震撼させたあの八百長問題が発覚したのは今年である。何年にも渡り、毎場所番付表を送って下さった元十文字関が、日本相撲協会からその八百長問題に関与したとのことで引退勧告を受けた。本人は全く関係ないと主張し、周りの人達もその潔白を信じていた。しかし、状況が許さなかったのか、元十文字関はその引退勧告を受け入れて、相撲界を去ることを決意した。相撲好きが見ても、一般の人が見ても怪しいと思われた番付上位の力士が一人も引退勧告の対象にならず、対象となったのは、三役以下の幕内力士や関取経験者がほとんどだった。何ともグレーな決着のつけ方だったのは否めないと思ったのは僕だけではないはずだ。
一日断髪式のご案内を、元十文字関ご本人と陸奥親方の連名でいただいた。元十文字関の力士姿を見られるのもこの断髪式が最後となるので、出席することにした。断髪式は6月のある土曜日に、両国国技館地下にある大ホールで行われた。限られた関係者だけが髷に鋏を入れるものだと思っていたら、出席した二百数十名全員が鋏を入れることになった。司会者に名前を呼ばれ、壇上に上がり、本場所と同じ装束を身に纏った行司さんから指示されたところに鋏を入れる儀式が続いた。僕の順番が来た時も、前の方に倣って髷に鋏を入れた。羽織・袴を身に纏った元十文字関の後ろ姿に鋏を持って立った時に、八百長をやっていないのに好きな相撲を辞めなければならないやり切れなさが伝わってきた。同時に、髷に鋏を入れるという歴史と伝統がある厳かな儀式に自分が参加していることで、武士の時代にタイムスリップしたような感覚に陥って、何とも言えない気持ちになった。この断髪式で、元十文字関は力士生活に区切りをつけた。区切りをつけたというよりは、見えないものに動かされて区切りをつけさせられたと言えるだろう。
5月1日(米国現地時間)に、あの米国同時多発テロの首謀者オサマ・ビンラディンがアメリカ軍により殺害された。今年はあの全世界を震撼させた2001年9月11日のテロから丁度10年である。タイミング的には少々出来過ぎで、諸説飛び交ったが、アメリカとしては発生から10年で一応の区切りをつけた形にした。
旅が一般に広がり始めた頃は、交通(交通機関といえるようになったのはずっと後のこと)の不安定さや、道中の悪天候に対してはほぼ無防備だったので、まさに命懸けの旅であった。文明が著しく発達し、現在では交通の不安も悪天候への対応も、当時に比べれば解消されたと言える。しかし、いつの時代も結局旅は命懸けなのか、現在はテロの脅威(不安なんて言える程度のものではなく)に悩まされている。テロだけではなく、最近は政情不安により引き起こされた暴動に巻き込まれる不安もある。危険の種類が変わっただけで、いつの時代も旅は常に危険と隣り合わせなのだ。
2001年9月11日のテロを切っ掛けに生活が一変した人達が世界中に大勢いる。僕もその一人であり、生涯勤めるであろうと思った航空会社から失業し、現在は全く違う業界で働いている。テロが起こる前には想像も出来なかったし、想像もしなかった状況だ。
僕の場合は、テロにより好きだった仕事に区切りをつけられてしまった。
飛行機が旋回しながらワールド・トレード・センターへ突っ込むあの映像は本当に恐ろしかった。当時はテレビを観ている者にチャンネルを変える暇を与えぬ程頻繁にあの映像が流れていた。今ではあの映像が流れると、素早くチャンネルを変える。あの飛行機に乗っていたことも、乗っていなかったことも、我々トラベラーにとっては偶然でしかないのだという思いと、あれが、好きだった仕事を奪われ、僕の人生が大きく変わり始める序章だったということが、僕にチャンネルを変えさせるのだろう。
テロ発生からの10年目を境に、また人生が変わる人が大勢いることだろう。世の中もきっと変わり始める。変わるのは止められないが、是非とも良い方向に変わって欲しい。世の中の変化に伴い旅の仕方も変わってくるだろうが、テロ発生から10年目になるこの区切りが、トラベラーにとって、テロの不安を感じることなく、安心して旅が出来るようになる始まりになることを切望する。
今回は、旅の話とはいえ、普段とは違うこんな硬い文章を書いてしまった。
きっと、自分の中にあるこの10年の思いがこんな硬い文章を僕に書かせたのだろう。
次回からまた、旅に関連したゆったりした話を書きます。