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メコン川

メコン川

2011/06:STORY
真名哲也

『メコン川』 縲怩rUGO6 世界一周/真名哲也の旅より縲鰀

 

プノンペンから5日間かけてシェムリアップに着いた。
メコン川とトンレサップ川を遡上する一本道(川)の旅だったから、本来なら「A地点からB地点」への旅なのだが、僕には「A地点からA地点」に戻る循環の旅だった感がある。


どこかに辿り着いたのではなく、元いた場所に帰還したという感覚が強いのは、物理的な移動よりもタイムスリップのような歴史を遡る時間を過ごしたからだろう。


現代文明からしばし遠ざかり、1世紀前のインドシナへの時間旅行を体験して再び現代文明に戻ったかのごとき実感は、こうしてパソコンのキーボードに向かうことで強くなる。


考えてみれば5日間もパソコンに触れない日々など、過去10数年の間にあっただろうか?


今回は軽装備かつネット環境なき地の旅ということでMacBookAirなしで出かけたが、その“非日常性”が僕にとって最も大きな“旅情”体験となった。


テクノロジーや高度情報ネットワークの発達によって現代人が失ったものは何か?その答えのひとつに“文字を書く”という行為がある。


旅行作家を名乗る僕の創作活動は、いまや100%が文字“書く”行為ではなく、キーを“打つ”行為だ。


コトバを組み立てて他者に何事かを伝えるのが生業であることは今も昔を変わらないが、その“やり方”が随分変わってしまったことを痛感する数日感だった。


鞄には愛用のトラベラーズノートとボールペンだけ入れての旅だったが、いつもは雑記帳レベルでしか使っていないパスポートサイズのノートに手記を残そうとすると、パソコンによる作業とは全く異なる作業になった。


パソコンであればキーボードに向かい思いつくままのコトバを即興で打ち込み、変換→選択→実行の繰り返しでまずは文章を大まかなカタチにし、今度はそれを削除したり並べ替えたりしながら完成形を目指していく。


これに対してペンを握ると、まずは伝えるべき内容の中身をじっくり考える作業が先立つ。
そして出来上がったフレーズを何度か頭の中でそらんじた後、ほぼ最終形が固まった段階でボールペンがノートの上に思考のアウトプット作業を行う。


例えばプノンペンを出た翌日の朝、僕はこんな手記を残している。

 


メコンの揺り籠


プノンペンからボートに乗って北北東へ。
昨夜は夕方まで滞在した小さな村に近い川岸に船を停泊させて野営した。


細長い木造船に屋根はあるが壁はない。
そこにベッド替わりのハンモックを吊り、天井から蚊帳を吊るして眠りについた。


微妙に揺れるのは風に揺れるハンモックか?


それとも川に浮かぶ船の方か?
確かめる間もなく深い眠りに落ちていった。


早朝、近くの森で鳴く鳥の声で目を覚ます。
“起きた”のではなく“産まれた”という感覚。


母なる大地に抱かれている…


メコンに浮かぶ揺り籠の中で、そう思った。

 


キーボードに向かうとなぜか文章は理屈っぽくなる。
デジタル・ライティングはロジカル・シンキングに繋がりやすい。


これに対して小さなノートにペンで記したコトバは極めてリリカルだ。


現代人(=僕)が失ったものは何か?


その答えが“メコンの揺り籠”の中にあったように思う。

 

 


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